2-2(5)殻装ができるまで




「しっかし意外だったなぁ、涼香があんな熱心に白神と絡むなんて」

「おや? 涼香むすめは元々白神クンの指導も、目的の一つだったんだよ?」


 血液検査、CT、MRI、その他健康診断で行うような項目を終え、支部内に設けられた桧室博士の研究室に案内された。そこでさらによくわからん記述式のテストを行いながら、博士と駄弁っているんだが、これは意外。


「そもそも白神クンに配備した、試作型の殻装キャラペイサーのデータを見て涼香がこの街でテストをしたいと言ったんだ。ボクとしては本部でテストしたほうが妖魔も強いからよかったんだけどね!」

「へぇ、初耳」

「殻装の扱いが雑すぎるって怒ってね! ついでに言えば街全体が土地神に頼りすぎてるって判断したんだよ」


 と言いつつ席を立ち、博士はコーヒーを二人分淹れ始める。


「…………なんと言えばいいか、憧れの人物と白神クンを重ねてしまっているみたいでね」


 白いマグカップに注がれたコーヒーが差し出される。それとスティックシュガーの袋。


「あいつとダブる人間って、結構無謀な奴なんじゃないすか?」


 半笑いで博士に返しつつ、袋から砂糖を5本ぶんどり一気に投入する。


「ハハハ、まさにその通り! 街を守るためなら自分の犠牲など厭わない土地神でね」


 対抗しているのか博士もスティックシュガーを6本取って真っ黒なコーヒーにぶち込む。


「街の安全のために戦ってくれたけど、無理が祟ってしまってねぇ……。本部で議題として挙がってはいるんだよ、土地神の過労問題」

「はぁ…………それでその涼香憧れの土地神は死んだと」

「いやいや! まだ存命」


 コーヒーを啜りながら、博士は懐から一枚写真を取り出す。それは満面の笑みで一人の女性の足元に抱きつく少女と、博士の三人で映る写真。


「もしかして、この人が?」

「そう、ボクの妻」

「ごふっ!」


 飲んでいたコーヒーをむせる。なんとなく写真から察しはついたが、いざ言われて不意打ちを喰らった。


「と、土地神と結婚したんすか」

「まぁね! 元々彼女をサポートするために作っていたのが殻装の前身だし。いわゆる成り行きってやつかな」

「…………あれ? でもさっきの話だと街のために犠牲になったような言い方みたいでしたけど」

「あぁ! 妻は働きすぎと、妖魔から致命傷に近い攻撃を受けたから復帰はできなくねて………土地神は引退。今は普通の専業主婦さ」


 死んでなかったのか。つーか土地神って辞めれるのかよ………地域差でもあんのか? 

 まぁどちらにせよ俺は辞められないが。


「いくら母親が引退した一件があったからにしても、涼香の白神への反応は過敏な気もしますけど」


 純粋な質問に、博士はマグカップを机に置いて間を空ける。


「それはね…………目の前で母親が致命傷を負う瞬間を見てしまったからさ。子供ながらに自分の母親が傷つき、何日も昏睡状態だったのを目の当たりにしたからね。普段は気にしていないように見せてるだけだよ」

「………………」


 それでも涼香ほんにんは殻装なんて鎧を纏って戦うのだから、人間とは不可解だ。傷つくのが嫌で、誰かが傷つくのも嫌ならそんなものを見ないところへ逃げればいいのに。


 ま………本人がやりたいならそれでいいけど。地域貢献に妖魔退治、果ては白神のお守りまでやらされてはこっちが敵わん。

 とりあえず、白神と仲良くしてくれ。


「ところでテストは終わったかな?」

「え? あぁ、はい」


 よくわからんが適当な文で埋めたテストを博士に渡す。


「ふぅむ…………なんというか、面白みのない結果だねぇ」


 テストに意味があったのかは知らんが、博士は検査結果とともに残念そうな表情を浮かべた。


 結論を言えば、『異常所見なし、特筆すべき事項なし』である。


 あぁ素晴らしき擬態。


「大抵は身体の中に従者たりえる要素があるものだがねぇ………」

「それ、来栖くるす兄妹にもあったんですか?」

「いいや………そもそも彼らについては検査してないよ! 全国に土地神がたくさんいて、従者が一人につき複数ついたらキリがないだろう? そこは地方自治体に委ねているよ………ま、それが原因で偽黒蜥蜴事件の発生を許してしまったわけだがね! ハハ!」


 笑い事じゃない気がするが……人類の敵である妖魔対策をしてるとは言え、お国の対応はなんというか雑としか思えない。


「漆葉クンはその事件で台頭して貢献したわけだけど、本部としては『ご苦労様』という程度でね。正直キミのことは当初興味なかったんだよね!」

「そのまま興味なくてよかったのに…………」

「ハハ! 個人的には短期間で妖魔撃破に貢献した青年が気になってね。妖魔出現頻度から見ても調査と殻装の実験を併せて行えるから来たわけだよ。それに、朝緋クンのいた街だし」

「あー、博士も知ってるんすか」


 あまり聞きたくない名前に、つい反応してしまう。


「そりゃあそうさ! そもそも殻装のコンセプトは『土地神の負担軽減』だからね。彼女は働きすぎと指摘は何度も受けていたはずだよ! 本来は妖魔対策課の職員ではなく、最初は土地神に…………そしてその後一般職員に着てもらいたかったんだよ。まぁ、結局一番つけて欲しかった妻には来てもらえなかったけど」


 白神夕緋は理想の着手きてだったのか? 身軽さを考えるといらなかった気もするが。


「白神朝緋は、着なかったんですか?」


 博士はゆっくり頷く。


、ってね、断られちゃった!」


 なんともメチャクチャな断り方である。


「妻の一件もあって、殻装の普及はボク達親子には急務でね! 一種の使命なんだが、どうにも定着しない。土地神は自分のスペックを過信するきらいがある。身を守り、そして動きを補助する殻装さえあれば助かった土地神の命はいくつもあった!」


 急に饒舌になった博士に肩を掴まれる。そしてグラグラと揺さぶられる。


「漆葉クン!」

「は、はい、なんでしょう?」

「今回のテストは殻装の実戦配備には欠かせないものだ! そのためにも白神クンと娘の涼香のこと、しっかり見ててくれたまえ!」

「ど、努力します…………」


 みんな、何か忘れていないだろうか?

 絶不調なのは土地神おれもなんだが。

 花は芽が出て確実に伸びている。ゴミも相変わらず拾っている。

 なのに、力は戻らない。いや、別にこのまま戻らなくてもいいんだが。


 と、悩みを逡巡させていると支部内に放送が流れる。


『市内でサルが出現! 手の空いている者は至急現場に急行してください!』


 一間置いて、博士の手がスッと離れる。興奮を抑えるためか、コーヒーを一口。


「ともかく、あの二人だけだとバランスが悪そうだからね! 間に入ってうまく取り持ってほしいな!」


 ほしい、というよりやってくれだろうに。

 なんだが態度を取り繕うのもバカらしくなってきた。


「………はいはい、わかりましたっと」


 無理矢理甘ったるくしたコーヒーを一気に飲み干し、耳に通信機を装着する。両頬を一発叩き、気合を入れる。


「はぁ…………やるだけやりますよ、博士」

「頼んだよ、漆葉クン!」


 サル退治に向かう前に、とりあえず殻装の指導をしている、受けている二人の少女へ通信を繋いだ。


「白神、涼香────サル退治だぞ!」

 

 今はとにかく白神に調子を戻してもらうしかないか。あの二人、ちょっとは和解したのか?


『涼香さん、見ててください! 今の指導してもらった成果、見せてあげます!』

『期待していますが、とりあえず服を着てください』


 あの二人、何してたんだ?

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