2-1(4)お見舞いとランチ



 母によると……白神自身大した怪我ではなかったが、俺の代わりに母がいたことと刀にためていた土地神の力を消費してしまった為、一時的に入院となったそうな。


 市内の病院受付で白神の見舞いと伝えると、すんなり通された。なんともザルなセキュリティに不安を覚えたが、まぁいい。

 個室の扉の前で二、三回ノックすると、扉越しから慌てた白神が声をあげる。


「どど、どうぞ!」


 扉を開けて中を確認しながら入る。


「おつかれっす」


 挨拶としてはどうかと思うが、白神はとりあえず元気そうだった。ベッドで布団を口元まで覆い、目線だけこちらへ向けている。


「どうもです、漆葉さん…………」

「お、おぉ」


 鼻から上以外全く見えない状況に様子を見るもない。


「………………」

「…………………」


 俺が入室したままの状態で、お互い呼吸を繰り返すだけで時間が進まない。

 ……なぜこんな気まずいの。


「────ったく、アホくさ」


 なんだってこの小娘に気を遣わなきゃならんのだ。馬鹿馬鹿しくなってきた。


「大した怪我じゃないんだろ? 隠さなくてもいいだろ」


 一歩ベッドに近寄ると、白神が退く。やはり、昨日のことだろうか。


「………なんで距離取るんだよ」

「いえ、別に! その、なんていうか………昨日負傷してすぐ病院に運んでもらったものですから、あの…………お風呂とか入ってないので」

「はぁ?」


 思わず声が出る。何を今更とでもいうのか、以前、散々『稽古・鍛錬』と称して俺を竹刀でしばき回していた時に汗だくだったろうに。


「なぁにアホなこと言ってんだ」


 頑なに盾にしていた布団を奪う。

 薄いブルーの患者衣の袖から伸びる両腕、両足には包帯が巻かれていた。


「………………………」


 じぃーっと、物言いたげな視線が突き刺さる。


「さすが、頑丈だな! 様子を見に来たけどもうだいじょ──ぶへぁ!」


 純粋に感想を口にすると、顔面に枕が直撃した。


「もう! 着替えるから部屋から出ていてください!」


 無理やり追い出され、扉の前で門番よろしく突っ立って待つことに。

 あれ? 着替えるって、もう退院するのか?

 数分後にはセーラー服姿に戻った白神が扉を開けた。


「お待たせしました!」


 昨日爆風を浴びた割には制服がやけに目新しい。まじまじと白神の体を見ていると、また距離を取られる。


「なんだか今日の漆葉さん、いやらしいです」

「いっ──!」


 言われたい放題である。近頃の小娘は遠慮がない。姉妹揃ってそっくりである。俺は満面の笑みで白神のこめかみに両手の拳を当て、


「爆風に巻き込まれた割には汚れがないから気になってただけですがぁ? なんか期待でもしてたんですかねぇ、土地神様はぁッ!」


 ぐりぐりと押し付ける。


「ぎやぁ! 漆葉さん、痛い、痛いです!」


 病み上がりの白神を虐めていると、様子を見に来た看護師に厳重注意をされてしまったのはいうまでもない。


 ◇ ◇ ◇


 病院を出た白神は思い切り背を伸ばして脱力した。


「うーん! やっぱり外の方がいいですね! 病院の匂いはどうしても苦手で………」

「よかったな…………それで? このまま帰るか?」

「ん〜もうすぐお昼ですよね、何か食べませんか? それに………家に帰るものアレなので……………」


 アレってなんだよ、とツッコみたくなったが含みのある言い方を聞いて止めた。ついでに聞くと長そうで面倒。スマホを引っ張り出すと、時刻は正午を過ぎていた。


「なら適当にどっかで食うか」

「勿論漆葉さんの奢りですよね!」


 パッと明るい表情に戻った少女は笑顔でがめつい。


「わがままな土地神様だことで………」


 病院を後に、市内を散策する。お仕事で街中を歩くことはあるが、まじまじと見るのは久しぶりかも。


「漆葉さんは何か食べたいものあります?」

「あ? あー…………なんでもいいや」


 『ドゥ』のスイーツ並みに極端なものでなければどれも味のない塊だし。そもそも空腹にならないしな。そんな俺のありきたりな返しに白神は唸っていた。


「むぅ、これは私のセンスの見せ所ですね………」


 年相応に悩む姿は側からみれば可愛らしいのだろうか。

 と、ランチ難民になりそうな白神から視線を外すと、妙な人影がちらほら。


「ぁ………?」


 黒いジャケットにパンツ、白シャツに間には黒ベスト。赤いネクタイを締め、足元は黒い革靴の男達。顔はサングラスで隠れているが精悍な出立ち………な奴らがスケボーやキックボードを乗りこなしてゴミを拾っていた。

 なんだありゃ? 対策課の人員補填だろうか。なんにせよ、ゴミ拾いの活動が普及しているのはいいな、多分。

 その奇妙な男たちに視線を向けていると、先方が気付く。こちらを一瞥すると、蜘蛛の子を散らすように移動してしまった。


「………はさん! 漆葉さん!」


 体を揺さぶられてようやく白神に呼ばれていたことに気づく。


「どうしたんですか?」

「別に………それよか決まったか?」

「今悩み中です! はぁ〜せっかくの奢りだし………お寿司かなぁ、焼肉かなぁ」


 白神こいつの頭の中には遠慮というものはないらしい。

 どういう風に白神をシバこうか思案していると、目の前に見覚えのある車が止まった。助手席の窓が開くと、そこから桧室博士が顔を覗かせた。


「やぁ! 二人とも。デートかな!」

「「違います」」


「息ピッタリだねぇ! これから娘と食事の予定なんだが、一緒にどうかね?」


 後部座席には目を閉じてひっそりと座る涼香の姿があった。


「あれ? そういえば博士さっき支部に戻って殻装の調整するんじゃなかったんですか?」

「その予定だったんだがねェ………ま、娘のワガママもたまには聞かないと────」

「博士!」


 涼香が博士の話を遮る。博士はてっきりマッドサイエンティストかと勘違いしていたが、どうやらただの子煩悩な父親らしい。娘のワガママがどんなものかは知らないが。


「おっと、涼香は空腹でご機嫌斜めのようだ」


 眉間にしわを寄せ、火薬娘りょうかは若干苛立っているように見える。

 しめた………博士に奢ってもらおう。


「おい白神! せっかくだし行くぞ、着いてこい!」

「は、はい!」


 不機嫌そうな涼香の座る後部座席へ、俺と白神は乗り込む。

 

 今にして思えば、あいてを知るという事は大事なことである。

 何を食べるのか………奢りだとしても、ちゃんと確認するべきだった。


「では行こうか、『紅龍ホンロン』へ!」


 耳にした言葉だけでは、その時どんな店かピンと来なかった。

 そこは碧海市でも知る人ぞ知る本格中華料理店に擬態した、唐辛子料理店であった………

 ……………普通に飯食っただけなんだけどな。


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