2-1(3)強制返戻

 


  味の感じない食事を終え、お茶で一服。会話をする為に擬態になっても体調に異常はない。


強制きょうせい……返戻へんれい?」


 父が口にした、聞き慣れない単語を思わずそのまま返す。


「境くんに起きている一連の症状さ。名前がないと不便だからね」


 現象として固定化してほしくないものだが。


「最近までは〝ゴミ拾い〟という奉仕をすることで土地へ貢献することで症状を沈静化させ擬態生活を過ごせていた………しかし今回、公園での症状再発が起きた………全く予期しない形で」

「せっかく頑張ってたのにねぇ」


 残念ながら『頑張った』だけではダメらしい。


「まぁ何となく察しはつくような………公園の草花が滅茶苦茶になってたからその代償ってとこじゃないか?」

「うむ。答えに辿り着いてるなら話は早いね」


 特に驚く様子もなく、父は茶を啜る。


「でも変ね? 本体でも土地神としてちゃんと働いてたんでしょう? いくらお花を人間ヒトが台無しにしたからってぇ………」


 母の疑問は真っ当である。


「パパも土地神のコトについて全て知っているわけではないけど、境くんが行っていたのはあくまで『現状維持』であって本当の意味で貢献しているわけではなかったんじゃないかな?」

 

「あ? 公園を荒らしたから────その、強制返戻…………だっけ? それが起きたんじゃないのか?」


 草花あれも散ったらゴミって認識だったんだが、違ったのか。


「土地を守る、ということなら人間・妖魔だけでなく『碧海市』に存在する命を守る…………というのが正解に近いかもね」


 なんと………ゴミを拾うだけで絶大な力を使えていたが、それだけじゃ足りないのか。面倒ごとの予感に胸騒ぎがする。


「『桜の命』は土地神が充填する碧海市の生命力か、本人のそれを利用して攻撃する武器だ。むしろゴミ拾い程度で黒蜥蜴を追い詰める威力が出ていたこと自体が不自然だよ。もっとこう、土地神としての責務を果たさないとネ!」


 …………言われてみれば確かにおかしい。目の前のことを対処するだけで考えてもなかったが。


「じゃあ何か、お花を植えて育てましょう! そしたら土地神パワーも貯まりますってか?」

「パパの話からすると………そういうことになるんじゃなぁい?」


 マジですか。ゴミ拾いの次は花植えですか。


「ただ植えるというのは間違いかもね。植えて育て命を育む…………そうして紡がれた生命力を対価として貰う………ということだろうね………というより知らなさすぎだろう、朝緋くんの仕事ぶりは見たことなかったのかい?」


 会話による考察も終わったが、あの女が話題にあがった。夕緋の姉、先代土地神である。


「見てねぇよ………適当に駄弁ってるか、妖魔をぶった斬ってたとこしか一緒にいなかったからな」

「寂しい青春ねぇ」


 余計なお世話である。

 一通り面倒な推測は終わった。まぁ、明日から頑張るしかないな。


「にしても二人が来てくれて助かったよ、ありがとう」


 素直に感謝を伝えると、二人は目頭を押さえた。


「な、なんだよ」

「我が息子ながら、感情の起伏が乏しいと思ってたけど……これが成長かな、ママ?」

「そうねぇ…………とっても嬉しいわ」


 この両親は俺のことを感情のないヤバいやつとでも思ってたのか。


「…………まぁいいや。でも母さんよく俺に擬態したね。そういうの、ホントは妖魔おれたちはやらないんだろ?」


 ハルトとサナは黒蜥蜴に見た目を擬態していたが、あれも特殊な理由だ。人間に擬態する能力は妖魔にあるが、わざわざ自分以外の何者かに変わることはない。


「もう………子供のピンチになりふり構ってられないでしょう?」


 そういうものだろうか。子としてはありがたかったから良いのだが。


「………ならいいや。ところで────」


 あれから何もなかった?


 そう………他意なく問いかけると、母は気まずそうに視線を逸らした。


「……………なんで目を逸らすんだよ」

「い、いやぁ〜ごめんねぇ、普段の境くんってどんな振る舞いするかわからなかったから!」


 てへっ、と自分の拳を頭に当てる母。


「………いいから何したか白状しろよ」


 前言の感謝は半減させておこう。


「そんな特別なことはしてないのよ? ただ────」


 話を聞く限りは、実に単純だ。人間社会を知ってなきゃ大したことじゃない。なんでも負傷した白神を介抱したあげく、親切にもお姫様抱っこで運んだらしい。やっぱり親というものは非常に、非常に! ありがたい存在である。


 ………もう絶対頼らない。


 

 ◇ ◇ ◇



 翌日。新たなお仕事を課せられた俺は荒れ果てたひすい公園の花壇の手入れをしていた。


「ったく、どんだけ暴れたらこんなことになるのかねぇ」


 現場に来た途端、気分こそ最悪だが『強制返戻』は起きない。散乱していた薬莢や土に埋まった銃弾を拾い集め、いざ花の種蒔きの用意。土をもう一度耕す。

殻装キャラペイサーの両肩および両腕に搭載された武装による制圧射撃の結果と考えれば妥当です」


 いかにも慣れてなさそうな腰付きで、涼香が鍬を振るう。柄の付け根まで鍬が土にめり込む。今日もまた、あの赤い強化外装・殻装とやらを身に纏っているのである。


「あのなぁ………」

「加えて言えば、わざわざ戦闘要員である我々が花植えを行う必要性はないと考えます」


 涼香は手を止め、不満気にこちらを見据える。必要ない──そう言っているが、ほぼ8割の作業を涼香が行ってくれた。


「ここまで協力はしましたが、植栽と土地神の責務に関連性を感じられません」

「こらこら、あまり漆葉君を困らせたらダメだろう、涼香」

「お────博士………」


 昨日の格好とは打って変わり、ツナギ姿の桧室博士が現れる。他の区画を職員に混じって手伝ってくれていたようだ。


「いやぁ昨日はすまなかったね!」

「ま、博士も怒られてたしもういいでしょ」


 白神をお姫様抱っこしたことは置いといて。母の話を反芻する。

 内容としては、公共の場所を兵器まがいの装備で荒らしたことは昨日撤収後に榊支部長からこっぴどく怒られた。桧室博士もやや調子に乗っていたことで注意を受けたらしい。

 民間人の怪我人がいなかったことが唯一幸いだったが、新型装備の殻装を見た住人からは『過剰すぎるのではないか?』と懸念を含めた苦情が来ていたそうな。


(今までも銃自体は使ってたけどな………)


 一応、殻装のモニタリングは続くようだが、一部装備はオミットされる運びとなった。今の涼香が装備している殻装には両肩に載せていた銃口は消え、両腕に備えられていた腕部の銃も左腕のみになっている。昨日と比べるとスッキリし、見た目上は白神の使っている強化外装に近い。


「アレのフルスペックが出せないのは非常に残念だね! せっかく復活したという黒蜥蜴相手に実験したかったんだが!」


 豆鉄砲の相手ならいくらでもしてやるつもりだが、これ以上碧海市が荒らされるのは勘弁。


「結局キミの能力について色々聞こうかと思っていたが昨日の一件で有耶無耶になってしまったね!」

「は、はぁ…………」


 この博士とやらの相手も面倒だな……早く白神に押し付けたい。


「お父さん、種蒔きまで終わりました」

「そうか! では、後は殻装の調整をしよう。武装が少なくなった分バランスが………」


 作業も終わり、桧室親子も撤収を始めた。

 ………博士のことはっきりお父さん呼びしたな。

 ひとまずダメになった花々は対策課が対処し、芝生や道の舗装は業者に協力を得て元に戻す目処はついた。


 これで………いいんだよな?


 と、胸ポケットのスマホが震える。着信は榊支部長から。


『公園の復旧はどう?』

「まぁ粗方終わったとこです。あとはちゃんと手入れすれば元通りにはなるんじゃないですかね」


 そう、と報告を聞いた榊女史は話題を変えた。


「夕緋──白神さんの様子を見てきてもらってもいいかしら? 大丈夫だとは思うけど。昨日連絡した通り、入院しているのでお願いしますね」


 了解、とだけ返して通話を切る。

 母親の親切な行動の後だ。白神がどんな態度を取るのか予想できないが、面倒なのは確実だ。気の乗らないまま、白神のいる病院へ向かった。


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