2-1(2)対妖魔強化外装・キャラペイサー
真紅の強化外装──
(身動き取れねぇ………!)
銃弾が何発当たろうが損傷はない。ただし────
「くらぁぇえッ────!」
銃撃の射線を無視して、生身で白神が襲いかかる。桜色の刀身が真上から振り下ろされるが、
(うぉっッとッ!)
間一髪、体を右に傾け真っ二つは逃れた……が、代わりに左肩から先が地面にボトッと落下。土地神の刀で体から切り離されると、左腕は一瞬で霧散した。
(…………こんなことなら刀に貯めなきゃよかったな)
最近擬態でお仕事を終える度に『ドゥ』に寄っていたら、
『もう、漆葉さん! 別行動してたらいざって時に土地神の力を使えないじゃないですか!』
『やかましいなぁ………わかったわかった、それじゃ離れる時にはガソリン満タンにしといてやるよ』
と言って毎日土地神パワーを満タンに充填していたらこれだ。しかも後先考えずぶっ放してやがる。
二人から大きく後退し追撃を回避する。が、白神が射線から外れた瞬間には再び涼香の一斉射撃が始まる。
(くぅ………! 好き放題暴れやがってぇ)
いつもなら、
(ちゃんと働いてただろうがッ!)
理不尽。あまりにも理不尽である。
「こんのぉッ!」
続いて白神の斬撃が飛んでくる。今度は紙一重で後ろに飛びのいたが、胸部を掠める。
『邪魔です、土地神。制圧行動のレベルを引き上げるのでどいてください』
こちらにも聞こえるように、深紅の鎧から少女の拡声器を使ったような声が響いた。
「こいつは私が倒します! 桧室さんは狙撃を止めてください!」
物騒なやりとりの間も、桜色の剣閃が迫る。が、やがて刀身は鈍い銀色に戻り気付いた白神の動きがピタッと止まった。隙を見て後方へ一気に飛び退く。
(よし、ガス欠! 今のうちに──!)
白神の持つ刀、『桜の命』は土地神の力を充填しなければただのなまくらだ。銃撃さえ気合いで押し通れば!
「まだまだぁッ!」
怒声で気合を入れ直した少女は、また得物を握り直す。すると、刀身の銀色が暗く輝く。
(あのバカ、また──)
土地神の力を使えない白神は、自身の寿命を刀に込めて戦うこともできる。
人間一人の寿命とはいえ、威力は侮れない。さっさと離脱したいが………
『狙撃制圧の段階を変更──爆発物を使用します。全職員、対象から離れてください』
目の前の少女と対峙していると、彼方から涼香の声と共に明らかにやばい内容が聞こえた。一瞬だけ視線を向けると、ライフルの先に何か筒のような部品を取り付け──
『
二、三発、放物線を描きながら筒から飛び出た黒い塊が落下してくる。
明らかに度を過ぎた攻撃だが、周囲に人はいない。
ただ一人、後先考えず突っ込んでくる奴以外は。
涼香から視線を変えると、目前に白神が懐に潜り込んでいた。
「はぁっッ!」
腰を落とした低い姿勢から刃が振り上げられる。銀の軌跡は正確に正中線をなぞり、深く抉る。土地神の斬撃に比べれば浅い。が、今の俺には
(このバカが!)
攻撃に対してではなく、
(さっさと引っ込め!)
丁寧に、力を抜いてとても丁寧に、セーラー服の少女に膝蹴りを浴びせる。斬撃の直後、わずかに硬直していたタイミングを狙い、白神の脇腹をぐにゃりと凹ませ、後方へ吹き飛ばす。
「がッ、は────」
刹那、黒い塊よろしく複数の爆弾一個が
(なかなか過激な奴だな………
さんざん銃火器で妖魔と応戦しているのは見てきたが、
白神の方は………吹っ飛んだ方向から何か叫び声が聞こえるあたり、気合いでも入れてるんだろう。無事だ。
土煙に紛れて思考を巡らせる。
ひと思いに暴れ回る──のはダメだな。何のために擬態で立ち回って土地神やってるか意味がなくなる。
(仕方ない、強行突破してみるか)
重い腰をあげようとすると、何者かが右肩を叩く。咄嗟に振り向くと、母・漆葉静の人差し指が頬を突っつく。
「大丈夫、境くん?」
お母さん、何してるんですか。
口から漏れる獣の息は、胸中を語ることはできない。
「やれやれ………自慢の最強の妖魔もかたなしだねぇ」
もう一人、左頬を父・漆葉紳がつつく。
「まぁともかく、今は喋れないだろうから手短に離脱方法を伝えるよ」
父は発煙筒のようなものを四、五本周囲にばら撒く。土煙に紛れて白煙が混じり合う。
「今からパパが境くんを向こうの川に吹っ飛ばすから、泳いで
手首をぶらぶらと振り、物騒な準備運動が始まる。だが逃げるだけじゃダメなんだ。
「わかってる。アリバイだろう? 大丈夫さ、そのためにママときたんだからね」
もう一度右を見ると母は消え、
妖魔の本質など意に介していないような、得意げな表情で──母親は擬態をしたうえで更に擬態していた。
「どう? 似てるかな!」
ふんふん、とキラキラした目で、むふーと鼻息荒く自信満々に見せつけてくる。
「ママはどんな姿でも似合ってるよ!」
「もぅ! パパったら!」
とりあえず、息子に似た外見ではしゃがないでほしい。
色々と思うところはあるが、本体では口が利けないし思わぬ幸運だ。さっさと逃げよう。
………正直、今はバレるより母の演技が不安であるが。
「じゃあ境、健闘を祈るよ」
背中に重い衝撃。堅牢な鱗を突き抜け痛覚が全身へ伝播する前に、俺は川底に沈んでいた。
水面から銃弾が飛んで来る様子はない。
(ひとまず退散!)
水中をゆっくりと進みつつ、翠山上流へ撤退した。
◇ ◇ ◇
市内を離れ、ようやく翠山に到着した頃には、倦怠感などは消失していた。
(ひでぇ目に遭った……)
恩を仇で返されるとはまさに今の状態だ。何のためにゴミ拾ってやってたと………
………いや、やめよう。そもそも自分の為にやってただけだしな。
水面に頭だけ浮上させ周囲を確認。どうやら翠山の麓付近まで潜水できたようだ。そのまま潜行を続け、木々が生い茂る山中で川から上がった。痛覚はないが、徹夜をしたように体の中がだるい。
「────」
体に残していた空気を吐き尽くし、肺を換気する。ようやく表面上は本調子に戻りつつある。
(結局、公園の花が原因なのか………?)
症状はひすい公園に到着してからだ。考えられる理由としてはそれが妥当な線。思考すべきことはあるが、存外川底は汚く、漆黒の巨躯は泥に塗れていた。
(まぁいいや。とりあえず家帰って風呂入ろ)
のそのそと川沿いに歩き、翠山の奥へ向かっていると、
「ギャハハハハ! 見ろよ、片腕無くしたきたねぇ妖魔がいるぜ!」
頭上から重なった嘲笑が降ってきた。見上げた先、また猿の顔をした黒スーツ姿の妖魔が五人。代わり映えのない集団である。
面倒だから妖魔D、E、F、G、Hでいいや。特徴ないから覚えられないし。
「このご時世たった一人で人間相手なんて無理なんだって! 昨日ツレをやっちまったのは水に流してやるから、オレたちと来いよ!」
Dが木から飛び降り、襟を正しながら語りかける。猿が兄妹でたまるか。
「………」
いや…………今、喋れないんだけど。
「なんだよ兄弟、だんまりか?
Eがいつのまにか肩を組んで来る。何だか無法者のように思われているのは心外である。
「……………」
俺が本体だと口が利けないことは知らないのか………ボディランゲージも面倒だというのに。昨日のお仲間なら大した妖魔ではないだろう。無視して歩を進めようとすると、残りのF、G、Hが前を塞いだ。
「おいおい! これだけ熱心にスカウトしてんだ、ちょっとは応えるべきじゃねぇの?」
「手負いの癖に強気すぎじゃあねぇか?」
Eにバッサリ斬られた左肩の切り口をツンツンと突かれる。キャッキャッキャと不快な笑いから、周囲の猿もそれを真似る。
昔なら感じ得なかった精神的疲労と猿の集団による嘲笑は、単純に腹が立った。
こちらの沈黙をいいことに傷口と思っている部位を触り続ける猿の妖魔Eの頭蓋を右手で掴む。
「へ?」
静かに触れた一瞬。掌を力いっぱい閉じる。
熟れたトマトが弾けるように、妖魔Eの頭部は消滅した。
「ぁ………て、てめぇッ────え」
威勢良くHが叫ぶが、その時にはもう黒蜥蜴の左腕が生えていた。自分ですら直っていたことに気づいたのは、周囲が驚いてからだった。
(あ、戻った)
ブンブンと左腕を振るうと、さっきまで存在していなかったことが嘘のように動く。
「………………」
その後残った妖魔は────妖魔B、Cと似たような末路を辿った。仲間が一人始末された時点で帰ってほしかったんだが、どうにも妖魔という奴は学ばない。
周囲で地面に転がる妖魔だった者立ちをどうしようかと悩んでいると、五体の妖魔の亡骸が空中に霧散した。
(…………消えた? 前の猿の奴らといい、何か変だな)
妖魔にも質量はある。だから目の前で起きたように息絶えた妖魔が消えるなんて現象は本来起きない。………俺の身体については別だが。
(………………やめやめ。消えたんだから片付ける手間がなくなった)
あとは帰路を急ぎ、帰宅。
後で怒られることは承知済みで汚れた身体で風呂場へ赴き、シャワーで流す。浴槽が温まるのを待つのも面倒なので湯を沸かしながら入ることに。
浴槽に浸かると、自然と意識が遠のく。
(不思議だな………本体で疲れたことなんてないのに)
身体の要求に従い、微睡みに堕ちた。
◇ ◇ ◇
深い眠りの中で過去の記憶が掘り起こされる。
まだ先代土地神・白神朝緋がいた頃に、本体で会っていた時。わざわざ呑気に森に来るあいつは、ほとんど無視しかしない俺に対して純粋な澄んだ瞳で絡んできた。
「ねぇーせっかくなんだからお話しようよー」
いい加減身振り手振りで応えるのも限界だった為、地面に言葉を綴った。
『嫌です』
これがすべての間違いともいえる。
「あ、なんだ! やっぱり言葉わかってる!」
後日小さなホワイトボードとマジックを渡され、無理やり会話をする羽目になった。筆談が面倒だったから結局すぐ擬態で会うことにしたが、意思表示の方法はあったんだ。
だからと言って、
◇ ◇ ◇
「……書いてる間にぶった切られるだろ」
大して懐かしくもない過去を見せられ、夢へのツッコみで目を覚ます。どれくらい寝ていたのか。せっかく沸かした風呂は、湯気もなくすでに冷めているようだ。
「境くーん、起きた?」
浴室の扉が勢いよく空く。ノックなどはなく、いつも通りの姿をした母がニコニコと様子をうかがいに来た。
「もうお夕飯できるから、早くお風呂あがってね!」
扉も閉めずに母はまた消えていった。
お母さん、せめてノックはしてください。
(……………まぁいいや。良い出汁がでたな)
背筋を逸らし、両腕を伸ばし脱力。二、三度首を左右に傾け肩を回し、体を慣らしてから風呂を上がった。
食事の前に、汚れたまま家に入ったことを怒られたのは言うまでもない。
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