第5話 お礼を言いたくて

「死者の世界………? 怖いところじゃないですよね…。」

「怖くなんてありませんよ。むしろ穏やかで落ち着くところですので安心してください。」


死者の世界に行くって…。でも神様になら簡単なことなのかもしれない。


落ち着いてる、私。

心なしかさっきよりもいい気分。


「じゃあ…死者の世界ってどんなところなんですか?」

「どんなところかって言われたら…。まぁ雲の上にあるいわゆる天国みたいなところです。普通なら死者以外立ち入っちゃいけませんけど僕の了承があれば別に問題ないんですよ。」

「ケ、ケイさんっていったい何者…?」


ケイさんは作り笑いのような表情を浮かべてにっこりと笑った。

いまだに信じられないのは普通のことだよね?

だって…神様とかそんなの……


「神様とかそんなの?」

「…!?なんで…!」

「ふふ。最初に言ったじゃありませんか。心が読めるって。………いい加減信じてくれませんかね?」

「ぬぬ……」


や、やっぱり神様なの…? これは信じるしか…


「やっと信じてくれました?…まぁいいですから早く死者の世界に生きいましょう。」

「……は、はぁい……。」


私が弱気な返事を返すとケイさんは何やら唱えだした。

何を言ってるのかさっぱりわからない。

なんにせよ外国語がさっぱりな私にはまったくわからないのは確か。

そしてケイさんは呪文のようなものを唱え終わると私に本堂の中へ入るよう指示した。

意味は分からなかったがとりあえずここに入れば死者の世界とやらに行けるんだろう。

私は黙って本堂の障子を開けた。

…縁起悪いよこんなの。


「ふぅ…。」


私が障子の前で深呼吸をしてるとケイさんが私をせかすようにこう言った。


「早くいってくださいよ。僕も入らないといけないんですから。」


そんな人の気持ちも考えていないような言葉に少し苛立ちを覚えるが心を読めるならきっと伝わってるだろうとあえて言わないでおいた。正直言うとこんなやり取りは毎回やってるような気がするから。


私は自分の背丈よりも少し高いくらいの障子を通る。

すると………



何も、起こらなかった。


「え?」


私は呆然とする。

ケイさんも予想してなかった展開に驚きを隠せていなかった。


「ケ、ケイさん……これはどういうことですか?」

「……あ、あちゃ~。もしかしたらここの通路もうなくなってしまったのかもしれないですね……。」

「え…じゃ、じゃあどうするんですか?」

「…実はですね……ここ以外に行ける方法ってないんですよ。」


ケイさんは苦笑いを返しながら言った。


「え………。」


ということはもう優斗とは会えないってこと……?


「そんな…。」


ちょっと期待してしまった私がばかだったのかもしれない。

優斗に会えるんだって。


「すみません…。これ以外僕にできることは何も……」

「…いいんです。普通ならやってくれない特別なことをしてくれましたから。…わたしのわがままを聞いてくれてありがとうございます。」

「………。」


するとケイさんは何かを考えこむように顎に手を当てていた。

そして何かがわかったというような反応を見せたケイさんはうれしそうな笑顔を浮かべる。


「ありましたよ恵美さん!」

「な、なにがですか…?」

「ちょっとこの神社を出てそこら辺を歩いてみてください。」


ケイさんは見たことないような満面の笑みで私に言った。


「……え? あ、はい…。」


今は歩きたくない気分なのになぁと思いながらも渋々立ち上がると私はにやにやと笑うケイさんをあとにして言われたように神社の外へ出て歩き出した。


「何があるの一体……。」


ケイさんのいうことはたまによくわからない。

でもすごいにやにやしてたし嬉しそうだった。


すると私はベンチに見覚えのある誰かが座っているのが目に留まった。

そしてその人の正体がわかったとき、自然と体が引っ張られるようにして走り出す。向かってくる風なんかどうでもよくなってただ走った。

そしてそのベンチに近づいて、その人の名前を呼ぶ。




「優斗っ……!」


ベンチに座った少年がこちらを向く。

そして少年は立ち上がり大きく目を見開いた。

私は優斗に駆け寄る。


「な、なんで優斗が……!?死んだんじゃ……」


私は涙を流しながら言う。


「なんで…だろうな。俺もよくわからない。気づいたらここにいてさ、俺死んだはずなのによ。」


優斗は悲しいような笑っているような微妙な表情を浮かべこっちを見ていた。


「…あの時っ!なんで死んだのよ!私…優斗がいないと…。」


私はその場に頽れる。


「…助けに、ならなかったのか。……ごめん。ごめんな。」

「許すよ…。だって優斗はいまここにいるんだもん…!それ以上に嬉しいことなんて何もない………!もうあんな昔のことは忘れる!」

「…はは。変わってないな。」


優斗は昔を懐かしむように言った。


「でさ…優斗はほんとに生きてるの?」

「……いや。多分幽霊だ。だってよく見たら透けてるし、俺の体。」

「え…?さっきまでは何とも………」

「多分俺は恵美に会うために幽霊としてここに降りてきたのかもな。だから恵美と会えたらもう終わり。この体が消える前にいろいろ話そう。」


優斗の悲しい声に私は力強くうなずいた。


「さっき神様にあったんだよ。私。」

「神様?冗談だろ。」


優斗は昔のように無邪気に笑った。


「噓じゃないよ。優しくて…優斗みたいだったの。」

「そりゃあすごいな。」

「信じてないでしょ。」


私は馬鹿にしたように優斗を肩を軽く叩いた。

その肩も、もう透けてきていた。


「もう終わりかもしれないな。じゃあ…」

「…待って、言い忘れてたことがあったの。」

「なんだ?」

「……私、優斗が好きだったよ。」


私は最後に精いっぱいのほほえみを向ける。


「俺もだよ。恵美。」


優斗も微笑んだ。

そして、ゆっくりと消えていった。

やっぱり私は優斗が好きだったんだ。



ありがとうございます。ケイさん。


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記憶の欠片は雲の上に 天霧 音優 @amaneko_0410

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