第50話 須臾にして駆ける

 七月十六日。ザックとカゲロウの模擬戦の翌日、エリィは共に二次試験を受けるメンバーを探していた。


「……どの方もパッとしませんわね」

「そうか?いいセンいってる奴も結構いると思うが」

「ここで急に加入する都合上、他のチームより連携の練度は下がります。だから単体でも突破力がある方か、便利な術式を持ってる方を探していますの」

「それにしたって早く決めなければ。失格になってしまっては元も子もないぞ!」

「合格者は最大で五人。今回の試験のレベルを考えると、ここで妥協したらどの道合格できませんわ」


 エリィも今回の試験のレベルの高さは感じとっていた。過去に二回試験に参加しているが、ザックとカゲロウレベルの戦いは二次試験でもなかなか見られない。


「やはりあの模擬戦以降、実力者は身を潜めていますわね」


 仮想戦闘室では二次試験に向けての探り合いやチーム内での連携の練習が行われるため、かなり派手な光景になるはずなのだが、今回は不気味なほど静かだ。模擬戦こそ行われているが、そのほとんどが一次試験で足切りされるレベルだ。


 少なくとも、アルト達やカゲロウ達の姿は見られない。おそらくそういった既にチームを組んでいる実力者達は、情報のやり取りをするより、身内での作戦会議やエリィ達のように過去に二次試験に出た者たちのログを見る方が有意義だと判断したのだろう。


「私の過去のログにボルト先輩の大会の映像。情報戦でも一歩遅れを取ってることも忘れないでください」

「う、うむ。難しいことは分からんから君のやりたいようにやってくれ」


 いろいろ考えている様子のエリィを見て、自分では何を言っても邪魔にしかならないだろうと思い、ボルトは考えるのをやめた。


 そんな時、前の方から言い争う声が聞こえた。十数人が一人の少年を囲んで怒鳴っている。しかし、少年はそんなことを意に介していないように後頭部に両手を当てて適当な返事をしている。その態度に本気でキレた一人の男が少年の胸ぐらを掴んで殴ろうとした。


「待たんかぁ!!」


 正義感の強いボルトは近くにいたエリィが反射的に耳を塞ぐほどの大声を出し、凄まじい勢いで集団に向かって走っていった。


「子供に向かって寄ってたかって!!恥ずかしいとは思わないのか!!」


 ダイナマイトのような爆音と堂々とした態度に怯み、男たちは一歩引いた。しかし、怒りは収まっていないようで男達はすぐに言い返してきた。


「こいつが喧嘩売ってきたんだよ!」

「なにっ!それは本当かい少年!」

「うん。だってそいつら弱いし」


 確認してきたボルトに対して、少年はサラッとそんなことを言ってのけた。遠くから見ていたエリィもイラつくほどの生意気な態度に、ボルトは大袈裟に頭を抱えてこう言った。


「なにぃ!それはいかんぞ少年!例え自分より実力が下だとしても、相手は共に競い合う大切なライバル!暴言はスポーツマンシップに反するぞ!」

「いきなり何?暑苦しいんだけど。アンタ体育のセンセーか何か?」

「俺はボルト・フォーミュラ!陸上部の部長をしているれっきとした学生だ!先生では無い!」

「あっそ。助けてくれたのは感謝するけど、うるさいからあっち行ってよ。ついでにそこのザコ共も」


 助けてくれた恩人に対して暴言を吐くだけでなく、少年を取り囲む集団の怒りを煽るような言動。面倒だから傍観していようと思っていたエリィも流石に見かねて間に入った。


「ちょっと。キミがどれくらい強いかは知りませんけど、流石に人に対する態度がなってないんじゃないかしら?」

「ん?あんたどっかで見たような……」


 少年はエリィの注意を無視して少し考えた後、何か思い出したようにエリィを指差した。


「マリィさんの金魚のフン!」

「……え」


 少年の言葉に対しエリィは目に見えて動揺した。彼女の体は硬直し、瞳が揺れている。


「性懲りも無くまた参加してるの?今回はやめときなよ。一次試験は通っても二次試験で醜態晒すだけだよ」


 少年の容赦ない追い討ちに、エリィは苦悶の表情を浮かべて視線を下に落とした。エリィの明らかな態度の変化に、事情を知らなくともボルトは少年の言葉が彼女に取っての地雷だったのだと察した。


「謝りたまえ」


 普段の彼からは想像できないほどの冷たい声。そんな変化すら意に介さず、少年は生意気な態度を変えない。


「は?今度は何?僕は事実を言っただけだよ」

「そうかい。なら勝負をしよう。模擬戦をして俺が勝ったらエリィくんとこの人たちにさっきまでの無礼を謝罪するんだ」

「僕が勝ったら?」

「土下座でも裸踊りでもなんでもやろう」

「オッケー。後悔しないでよ?」


 最初は助けに入ったはずのボルトと助けられたはずの少年がいつの間にか勝負するという流れになっていた。少年は慣れた手つきでパネルを操作し、仮想戦闘室に分身を作ってすぐに意識をそっちに移した。ボルトもそれを真似て仮想戦闘室の分身に意識を移す。


 決断してからトントン拍子で勝負の準備が完了した。この戦いの原因となってしまったエリィはようやく我に返り、側に駆け寄った。


「なぁ、あのボルトって陸上100メートル世界記録のボルトか?」


 少年を取り囲んでいた男の一人がそう質問すると、エリィは振り向かずに頷いた。


「なら素体はいいんだな。でも、戦闘でちゃんと強いのか?あんな態度だが、あのガキの実力は本物だぞ。長い間魔法使いやってる俺たちでもアイツに手も足も出なかった」

「……ボルト先輩が強いかは私も知りません。でも、先輩は私のために戦ってくれてる。なら、私は先輩を信じますわ」


 少年の言葉がまだ堪えているのか、言葉を紡ぐ唇は震えていた。しかし、先輩を信じるという意志は確固たるもののようだ。


「そういえばまだ自己紹介してなかったね。僕の名前はウィン・スペル。子どもだからって侮らないでよ?」

「そうだな。キミがそこまで増長してしまうほどの実力があるのだろう。しかし、大切な後輩を傷つけたキミに負けるわけにはいかない」

「カッコいい先輩だね。無様に裸踊りするのを見るのが楽しみだ」


 ウィンは腰から二本のダガーを引き抜いて構えた。一方、ボルトは腰を低くし、前傾姿勢をとった。


(分かりやすいなぁ。速さを活かして突進する気でしょ。ならちょっと右に避けてすれ違いざまに刺して終わりだ)


 ウィンはボルトの行動を予測し終わると同時に模擬戦開始のブザーが鳴った。


「アクセル オン」


 ボルトがそう唱えると、ウィンは彼の足から魔力を感じ取った。予想通り加速系の魔法を発動して突進してくるようだ。そう考え、最初考えていた通りに右に避けるためウィンが足に力を入れた時だった。


 ウィンは、いつの間にか壁に叩きつけられていた。


 混乱する彼の視界の先には、目の前には蹴りを放ち終えた体勢のボルトがいた。それを見て何が起きたのかようやく理解できた。目にも留まらぬ速さで接近してきたボルトの蹴りで自分はやられたのだと。仮想戦闘の分身のため痛みはないが、本体だったら肋骨が砕けて内臓に突き刺さっていただろう。


『仮想戦闘終了。勝者、ボルト・フォーミュラ』


 模擬戦開始のブザーの残響と混じって、無感情で義務的な機械音声が勝負の終わりを告げる。意識が本体に戻ったウィンはただ呆然と天井を見つめていた。


「…………マジか」


 ウィンは腕に自信があった。自分が天才だという自負も持っていた。しかし、目の前の男はそんな自分を瞬殺して見せた。これを受けてベッドの上で敗北を噛み締める少年の中には二つの感情が芽生えた。


 悔恨と高揚だ。


「俺の勝ちだ。約束通りエリィくんと彼らに謝るんだ」

「わかったよ。ボルトさん」


 ボルトに言われてウィンはゆっくりと起き上がり、エリィと他の受験生たちの前に歩いてきた。


「酷いこと言ってごめんなさい」


 不気味なほど聞き分けよく約束通りに動き、先程まで生意気の限りを尽くしていた少年とは思えないほど誠意のこもった謝罪をした。


 その態度の変化にエリィたちは少し戸惑ったが、エリィは小さく頷いて優しくどこか儚げな微笑みを浮かべた。


「もう大丈夫よ。ボルト先輩がお灸を据えてくださいましたし、キミも反省してるみたいですし。……それに、キミが言ったことも間違っていないもの」

「いえ、そんなことは」


 しおらしくなって頭を下げる少年に、エリィはそっと手を差し出した。


「だから、私に力を貸して」

「えっ、え?」


 突然のスカウトにウィンは戸惑い、周囲にいた受験生たちもざわついた。


「彼をチームに誘って大丈夫なのか!」

「生意気ですけど、強い相手は強いと認められる潔さがある。それに、この子は間違いなく強いですわ」


 いつも通りのうるさい男に戻ったボルトの指摘に対し、エリィは冷静に解答する。そしてまだスカウトに対する返答を渋っている少年にこう言った。


「キミ、この人たち相手なら何人まで同時に戦えますの?」

「えっと、相性とかによるけど、五人は固いかな」

「上出来ですわ。キミと組めばいい結果が期待できそう」

「いや、まだ組むとは一言も」

「どうせキミの性格上、事前に組んでる仲間も今組んでる仲間もいないんでしょ?」

「うぐっ」


 エリィの言葉の刃が胸に突き刺さり、ウィンは大袈裟にのけぞって胸を押さえた。


「図星ですわね。だったら私達と組んでもいいじゃない。キミを瞬殺したボルト先輩に、試験慣れしてる私がいますわ。キミにはメリットしかないと思いますけど」

「……わかったよ。そこまで言うなら仲間になってやるよ」

「フフッ、よかったですわ。私の名前はエリィ。一緒に二次試験がんばりましょう」

「はぁ……わかったよ。適当なやつ連れて行くよりはマシだ」


 ウィンはやれやれと頭を掻きながらエリィの手をとった。


 こうして不思議な縁から天才少年ウィンが、三度目の正直で試験に挑むエリィのチームに加入したのだった。

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理想郷の魔法使い〜最強の才能をもつ少年は戦う理由を探す〜 SEN @arurun115

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