第49話 二次試験前哨戦 その3

 ザック対カゲロウの攻防は熾烈を極めていた。スピードはカゲロウが一枚上手、剣を持つカゲロウの方が間合いも有利をとっている。必然的にザックは防御に回るが、先ほどの煙玉を含むカゲロウが持っていない別の手で攻めに転じていた。


「いい加減死ねやオラァ!」

「しぶとさが取り柄なもんでね」


 彼らの攻防はすでに五分も続いているが、互いに決め手となる攻撃は決まっていない。しかし、この均衡が崩れれば勝負は一瞬で終わる。外で見ているシアン達もそれを察していた。


(……決めるか)


 ザックはそう思い、煙玉を炸裂させた。再び一帯が煙に包まれると、カゲロウは今度は防御の構えをとった。しかし攻撃は飛んでこず、煙が晴れた時にはザックは遠くに立っていた。


「今度は逃げかよ!」


 カゲロウがザックとの距離を詰めるため走り出した瞬間、彼を鋭い刃が横薙ぎに襲った。咄嗟に屈んで避け、刃はカゲロウの髪を掠めるだけだった。


「ッチ!当てずっぽうでも煙がある時にやるべきだったか」


 刃は蛇ように捻った動きでザックの元まで戻っていった。


「鎖鎌とか、マジで忍者かテメェはよ」


 ザックの右隣では、ぐるぐると何処からか取り出した鎖鎌が高速で回っていた。


 ○○○


「……あの、全部教えてもらいたいって言ったけど、これは色々手を出しすぎじゃないっすか?」


 良一郎先輩と修行を始めて一週間。辺り一面に多種多様な武器が落ちている道場で、俺は師匠にそう指摘をした。なにせ、ここ一週間日が変わるごとに習う武術が変わっているのだからそう思うのも当然だ。良一郎先輩は表情を一切変えないまま、三日前に習った手裏剣を手渡してきた。


「あそこに向かって投げてみろ」

「えっ、はぁ、わかりました」


 先輩に言われた通り投げてみると、案の定三日前と同じようにターゲットから30センチほど離れた場所に飛んでいった。


「ほらやっぱり」

「大したもんだな」

「……え?」


 俺は先輩の言っている意味がわからなかった。なにせ、三日前と同じように上手くいかなかったのに厳しい良一郎先輩に褒められたのだから。


「技術ってもんは何もしなければ日々劣化する。習いたてのもんなんて一日なんもしなかったら振り出しに戻る。だがお前は三日前に習ったばかりの技術を今も保ったままだ」


 先輩は俺が投げた手裏剣引っこ抜いてこっちを向いた。


「お前は学んだことを吸収するのも上手いが、それ以上に学んだ事を憶えておく能力に秀でている」


 先輩はそう言い終えると同時に、軽くしなやかに、だけど力強く手裏剣を俺に向かって投げた。あまりの速さに反応できなかった俺の顔スレスレを通り過ぎて、後ろに掛かっていた的の中心を捉えた。


「だから迷うな。死ぬ気で覚えろ」


 俺を射抜く先輩の視線は、俺を納得させるのに十分な力を持っていた。この人の技術と経験は確かなもので、俺の指摘なんてただの戯言なのだと。


 ○○○


「クソッ!近づけねぇ!」


 鎖鎌を取り出したことでザックが間合いの有利を握った。さらに遮蔽物のない仮想戦闘室では心置きなく鎖鎌を振り回すことができる。ザックの周りを高速で周回する鎖鎌にカゲロウは対処できずジリジリと追い詰められていた。


「オイオイ!カゲロウ負けそうだぞ!どうすんだバーン!」


 バーンの仲間の少女が目に見えて焦っている。しかし、バーンは少女に何も答えず、ジッと勝負を見守っていた。シアンはこの勝負に何となく嫌な予感がしていた。鎖鎌で逆転したように見えるが、バーンが近接戦闘で絶対の信頼を置いているカゲロウがこの一手だけで詰まされるとは思えなかった。


 そしてカゲロウが仮想戦闘室の壁際まで追い詰められた時だった。



 バーンが、笑った。



「これで終わりだ」


 ザックが壁際に追い詰められたカゲロウに鎖鎌を振り下ろした。しかし、その刃はカゲロウに届くことなく剣に弾かれた。


 カゲロウは鎖鎌に追い詰められているように見えたが、実はその軌道を観察していたのだ。


 カゲロウが剣を構えたのを見たザックは、弾かれた鎖鎌を瞬時に手放して拳を握った。


「おせぇよ」


 カゲロウはザックが剣の間合いの外にいるのにも関わらず剣を振り抜いた。その瞬間、魔法剣の光の刃が伸びて10メートル離れたザックの胴体を両断した。意識外からの攻撃にザックは唖然とした顔のまま倒された。彼が最後に見たカゲロウは、笑っていた。それが激闘の末に手にした勝利のためか、策にはまったザックを嘲笑ったのかはわからなかった。


 意識が本体に戻った彼は勢いよく跳ね起きた。


『仮想戦闘終了。勝者、銀城ヒロト』


 電子音声が無常にもザックの敗北を告げる。それと同時にカゲロウ……もといヒロトも目を覚ました。


「だー!負けた!」

「ホント何やってんの。魔法剣が伸びるってくらいは知ってるでしょ」

「振るスピードが速すぎて反応できなかったんだよ」


 魔法剣は追加で魔力を注入することで刃を伸ばすことができるのだ。伸びる長さは注入する魔力の量に比例する。しかし伸ばしている間は常に伸ばしてる分の魔力を消費するため、必要な時に一瞬だけ伸ばすのが普通の使い方だ。


「にしても、これは予想以上に難しい試験になりそうだね」


 シアンは集まって勝利を分かち合っているヒロト達の方を向いた。シアンは、ハッキリ言って仕舞えばこのメンツが揃っていれば楽勝だと考えていた。協会が記録している過去の試験の様子を見てそう判断した。


 実際、規格外の魔力をもつアルト、高い格闘技術を持つザック、天才的な魔法使いのシアンが揃っていれば合格は難しいことではない。だが、それは試験が例年通りのレベルであればの話だ。


「……僕らの世代が黄金世代っていうのは本当らしいね」


 シアンはある噂を聞いていた。ここ数年、若い才能の成長が目覚ましいと。試験参加者の平均的なレベルとか、そういった漠然とした話しか無かったため信憑性はあまりないと考えていたが、この模擬戦を見てその噂が本当であると確信した。


「これは本気で策を練らないとね」

「そうか。まぁその辺はお前に任せる。アルトも俺も謀略は苦手だからな」


 ザックはベッドから起きてヒロト達の方へ歩いていった。


「本番は負けねぇから」

「えっと、戦ったのはカゲロウなのでよく分かりませんけど、僕たちも負ける気はありません」


 ザックのリベンジ宣言に、ヒロトは確固たる意志を持った瞳で返す。カゲロウに頼らなくとも、この少年の内には確かな強さがあった。


「二次試験で当たるかどうかはまだ分かんないけどね。でも、君たちと戦えたら面白そうだし、楽しみにしてるよ」


 バーンはそう言ってシアンに向けてウインクした。シアンと同じような嫌らしさがある彼なりの遠回しな宣戦布告。そのまま立ち去っていくバーン達を、シアンは苦い顔をして見送った。


「あっ、忘れるとこだった。私はミル・エンズ!勘違いしないよう言っとくけどコイツらとは同い年だからな!」


 少し離れたところで急に立ち止まって振り返った少女は、小さな体で精一杯アピールするように手を振りながら少し遅れた自己紹介をした。あのメンバーと組んでいるということは、ちゃんとした実力者なのだろう。可愛らしい見た目からとても想像できないが。


「僕らもここを離れた方がよさそうだ」

「少し目立ちすぎたな」


 高いレベルの格闘戦をしていたザック達の周りにはいつの間にか人だかりができていた。おそらく他の二次試験の参加者も見ていたことだろう。


「収穫は?」

「あぁ、バッチリだ」


 しかし、多少目立った程度はどうとでもなるほどの確かな手応えがあった。次なる作戦のため、ザックとシアンはどこかで一人で偵察しているアルトを探しに行った。




・魔法剣伸ばしについてのさらに詳細な説明


本文では流石に長いと思って省いた魔法剣の説明です。

まず、魔法剣を伸ばしてる分の魔力を常に消費すると説明しましたが、これは逆に伸ばしていない分、つまり最初に設定された1メートルの分は一度流してしまえば追加で流す必要はないということです。

しかしそこから1センチでも伸ばそうとしたらその分の魔力を常に流し続けなければなりません。魔力の供給が途切れれば瞬時に伸びてる部分は消えてしまいます。

消費する魔力について具体的に説明すると、魔力評価が5程度の魔法使いが追加で1メートル伸ばす場合、伸ばし続けられる時間は三分程度です。まぁかなり燃費が悪いとだけわかっていただければ。

ちなみにアルトは消費する魔力よりその時間で回復する魔力の方が多いので、5メートル程度なら常に伸ばし続けられます。インチキですね。

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