第48話 二次試験前哨戦 その2

 朝食を食べ終えたザック達が訪れた仮想戦闘室は、もう既に受験者たちで溢れかえっていた。


 普段は近くに住む学生や本部の職員も使えるのだが、試験期間中は受験生のみ使用が許される。これは二次試験のメンバーを見繕う者やザック達のように偵察を行う者に向けてのことだ。


「うっぷ……アレはなかなか強敵だったね……」

「ほら言わんこっちゃない」


 学生服の青年はヒロトの忠告を無視して「昔気質の気まぐれシチュー」を注文し、謎の紫色のシチューのようなナニカを出されて撃沈した。何とか完食したものの、食事の後の彼はやつれていた。


「おっ、ここ空いてるな」


 ザックが空いている仮想戦闘室を見つけ、ここで約束通り模擬戦をする事にした。


「そういや自己紹介がまだだったな。俺はザック・バレット。エリアステラ学園から来た。よろしくな」

「同じくシアン・クレバー。以後お見知り置きを」

「僕はバーン・デービス。アルジル出身だよ」

「僕は銀城ヒロト。生まれも育ちもアルジルだけど、お父さんが陽元出身だからこんな名前なんだ」


 お互いに自己紹介をして握手をした。その後、模擬戦をしないシアンとバーンは近くのソファに座り、仲間の様子を見守ることに。一方ザックとヒロトは分身を作り、既に模擬戦の準備を完了していた。


「えっと、よろしくお願いします」

「そんな肩に力入れなくていいって。模擬戦なんだから軽くいこうぜ」


 ザックは食事中の少しの会話とバーンに振り回されている様子から、ヒロトををアルトと同じ優しい青年だと分析したため自然と優しい口調で対応するようになっていた。


「腰引けてるけど大丈夫なのかい」

「ふふっ、心配しなくてもいいよ。君の期待するような興味深いものはちゃんと見られるよ」

「そうだといいけど」


 シアンは先程からずっと慌ててばかりのヒロトはあまり強そうに見えないので少し不安になっていた。しかし、アルトみたいなタイプもいるため、シアンは本当かと疑いながらも模擬戦を見る事にした。


「それ、お前が通ってる学校の制服か?」

「そうだよ。今は休校だけど」


 仮想戦闘室で使う分身は見た目を自由に設定できる。さっきまでは私服を着ていたヒロトの分身の服装はバーンと同じ学生服に変わっていた。チームで服装を統一しているのだろう。


「たしか戦後復興中だっけか。苦労してんだな」

「そうだね。でも、手加減はしないでね」

「心配いらねぇよ。同情はするが、これは真剣勝負だ」


 会話を終えて両者構える。そして、あらかじめセットしておいた試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。


 最初に仕掛けたのはザック。ヒロトを性格と構えから魔法を使う戦闘スタイルと分析した彼は、距離を確保されて弾幕を張られる前に格闘戦に持ち込もうとしたのだ。


 一方ヒロトはその場を動かず、懐からバトンほどの大きさの白い棒を取り出した。直進してきたザックの拳がヒロトに襲いかかろうとした瞬間だった。


 鋭い「斬撃」がザックの頬を掠めた。危険を察知して一歩下がっていなければ首が飛んでいただろう。


 ヒロトの手に握られた白い棒から1メートルほどの光の塊が伸びており、それが斬撃の正体だということはすぐに分かった。


「魔法剣か。ヒロトくんが近接型とは予想外だね」


 魔法剣。見た目はリレーのバトンくらいの大きさの棒だが、これに魔力を流すと光の刃が生えてくる。刃は流した魔力で作られており、硬度は鉄以上。


 魔法使いの近接戦闘をサポートする目的で作られたマジックアイテムの一つだが、その利便性の高さから魔法剣だけで戦う者も多い。


「いや、彼はヒロトくんじゃないよ」

「え……?」


 外で見ていたシアンはバーンの言うことが理解できなかった。しかし、もしその声がザックに聞こえていたのなら、ザックはその意味を瞬時に理解しただろう。


(なんだこのとんでもねぇ殺気は)


 深く鋭く突き刺さるような殺気。良一郎の厳しい修行をやり遂げたザックですら思わず一歩引いてしまった。緊張でザックから嫌な汗が流れる。もしや、とんでもない奴を最初の相手として選んでしまったのではないかと。


「いい反応だ……今日は久々に楽しめそうだ!」


 ヒロトは荒っぽい口調と鋭い目つきに変貌し、優しい青年だった彼は見る影もなくなっていた。


 ザック以上のスピードで接近した彼は魔法剣を振り下ろす。ザックはそれを何とか避けるが、隙のない斬撃が反撃を許してくれない。ザックは防戦一方となり少しずつ追い詰められている。


「ザックくんが近接戦闘で押されてる……!?」


 シアンはこの試験において、良一郎との修行で力をつけたザックを近接戦闘の要にしようと考えていた。以前は出涸らし君と馬鹿にしていたシアンがこう考えるほど、ザックは強くなっていた。


 しかし、そのザックが今は圧倒されている。想定以上の強敵とのあまりにも早い邂逅にシアンは驚きを隠せなかった。


「えー!?もうカゲロウ見せたのか!?」


 ソファの後ろからそう言ったのは、シアンが二人の仲間だと予測していた小柄な金髪少女だった。


「作戦を練る時に敵に対して彼がどれくらい通用するか知る必要があるだろう?」

「そうだけどさ……」

「ちょっと、カゲロウって何のことだい」

「ヒロトくんは剣を持つとあの荒っぽい人格に変わる。僕らはそれをカゲロウと呼んでいるんだ」


 バーンの簡単な説明を受けたシアンは模擬戦に視線を戻した。このレベルならバーン達は確実に二次試験に上がってくる。ならばこの戦いでするべき事は、カゲロウの動きを観察して次に備えることだ。


 一方、ザックとカゲロウの戦いは変わらずカゲロウ優位で進んでいた。


(だが、このまま負けるつもりはねぇ!)


 ザックが何かを地面に叩きつけた瞬間、小さな爆発音と共に白い煙が舞い上がった。


「忍者かよ」


 視界が煙で塞がれる中、カゲロウはザックがこの隙に距離を取ろうとしていると読み、そうはさせまいと凄まじい勢いで魔法剣を振った風圧で煙を晴らした。


 しかし、広がった視界にザックは居なかった。


「カゲロウ!下だ!」


 バーンの声は仮想戦闘室の中にいるカゲロウには届かず、いつの間にか至近距離まで接近していたザックのアッパーがカゲロウをぶっ飛ばした。


 カゲロウはザックが逃げると読んでいたが、ザックはカゲロウがそう思うことを読んで敢えて距離を詰めたのだ。その結果、大振りをして隙ができたカゲロウに重い一撃をくらわせる事に成功した。


「さぁ、反撃開始だ!」


 ザックは両拳を合わせて自分に喝を入れた。一方、強烈な一撃を顎にもらったカゲロウは、そこを擦りながらザックを鋭い目で睨みつけていた。

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