第16話 魔術都市
[清廉暦714年春月46日 魔術都市]
私達は
三都市への往路の確保と塔への調査員の為の休憩地として、魔術士達によって湖の周辺は整地された。湖はエノラキア湖と名付けられ、整地された土地は村、町と発展し
三連塔は中間階層と上階層が空中回廊で繋がっている。現在では陸路と水路を確保し内部調査も終わっていて、
立地的にも北部開拓地域の象徴に成り得る塔であったのだけれど、王都から来た役人達と南部側貴族が乗っ取って住み着くようになり、
しかしその塔が在るおかげか
シャーデック先生は現在その魔術都市の中央にある魔術学院の学院長であり、都市の運営と管理にも携わっている。
昼の刻。
デノースは手紙束を渡して配達依頼を完遂させてたけど、私が書いたシャーデック先生宛の手紙とは別に豪華な封書を一緒に渡し、何かやり取りをしていた。
「あの手紙は今日中に学院へ届くよう手を打っておいたぜ」
豪華な封書はデノースが商会長名義で書いた手紙だそうだ。私が書いた手紙を添えて特別便で魔術学院へ配達されるそうだ。
その封書にはリコリスがデノース商会の客人として都市にあるデノース商会の支店に滞在していると書いたという。いつのまにか支店に滞在する事が確定していた。
デノースは
手紙は私が執筆したものでシャーデック先生との関係性を匂わせ、リコリスを会わせる事が利益になるよう誘導した。
それによりデノース商会に馬車の護衛という名目で大商隊に加えさせてもらい、
ここでリコリスが護衛依頼が達成し関係終了したからと別離されてはデノースとしても困るのだ。デノースの恩に報いる為にも、支店で
昼の刻やや過ぎ。
デノース商会の支店へ到着。店では革製品を中心に廉価式魔術具や魔術作業着も売っていた。
デノースから支店の方々へ行商人ユディルとルネ、客人のリコリスと私タルテが軽く紹介される。ルセンテルとオルバは支店の方々の側へ並んでいた。今回は御者をしていたけど商会員だったな。商会の専属護衛であるロディナンにも触れないけど、ケネッドは怪我を負って医療院に搬送されたと伝えられた。
高身長の男性が支店長のスザーネルと名乗り、他の者の紹介も済ませ支店の上階へと案内される。用意された部屋は綺麗な来客用寝室。リコリスは魔狼との戦闘で汚れた服を脱ぎ、湯桶で身奇麗にし、上質な紺のローブに着替えた。私はドレスを着た人形姿のままで呼ばれるのを待つ。
昼食時にデノースが支店長のスザーネルに、「ネル、魔術学院かシャーデック学院長から連絡が来たらオレに知らせてくれ」と付け加えた事で上客であることを周囲に示す。
あの新人ハンター姿は仮の姿だったか、みたいな雰囲気になってたけど、そっちが真の姿です。ただまあ、この都市に居る間はローブを着て魔術士を装う方が目立たないかも知れない。
昼食後。
デノース、ルセンテル、スザーネルの三人は外出する。挨拶回りだ。ユディルは支店の仕事を手伝っている。
やる事が無いリコリスは商会員にケネッドのお見舞いがしたいと治療院の場所を尋ねる。しかし、治療院へのお見舞いは一般人の場合では午前中のみらしい。
紹介状があれば午後の来院も出来るけど、それも今から用意したら明日の午後の予約になる。それなら明日午前中の一般人お見舞いで良い訳で。
リコリスは午後を店での洗濯や掃除、夕食の料理の仕込みを手伝って過ごした。
私は邪魔になるので部屋で日の当たる場所に植木鉢を用意してもらい、こっそり魔術の練習したり書き物をして過ごした。
夕食時に帰ってきたデノース達と皆で就寝時間まで今回の旅の話をした。リコリスは支店の方々と打ち解けて仲良くなっていた。
[清廉暦714年春月47日 魔術都市]
朝の刻と少し。
朝食を済ませる。ユディルと支店の商会員女性一人と共にケネッドの見舞いへ治療院へ来た。ルネは留守番だ。私は身動きせず人形の振りをして潜り込もうとしてたので入り口前の確認で見舞い品と誤解された。
治療院に入るとナジャンテも見かけた。大商隊の別の怪我人と話をしている。
ケネッドと会って話をした。右腕が固定され動かせないのが不便と語るだけで容態は安定している。あと三日ほど入院し、50日に退院して大商隊に合流とのこと。
しばらくはナジャンテから治癒の魔術を受けながら活動するという。
やはりというか、ナジャンテの従者となる道を選んだようだ。
ナジャンテがこちらに気付き、声をかけてきた。リコリスは挨拶を交わして近況を語る。ナジャンテからはこちらがまだ知らなかった情報を得た。本日、砦跡に残っていた大商隊の本隊が都市に到着するらしい。
支店の商会員女性がケネッドと書類手続きをする。専属護衛の継続か解約の確認も兼ねて見舞いに来ていたようだ。
「アンタまた借金増えたらしいね!しっかり返済しなさいよ!」と、背中を叩いて激励していた。ケネッドは女性が背を向け去る際に一礼をしていた。
治療院から支店へ戻るとデノースの一号馬車が止まっていた。
外れた左側の後輪部分に応急措置の車輪が取り付けられていて、なんとかここまで運ばれてきたという様子だ。
「すまねえ~、ジョセフィーヌ~!」と一号馬車に抱きついて頬ずりしてるデノースを見なかった事にして、横に居たルセンテルと共に支店の中へ。
客間にはダッコウィーナが居た。一号馬車に乗ってきたのは彼女らしく、デノースも戻ってきたので私達が去った後の顛末を語ってくれた。
まずは砦跡に残った大商隊の本隊、残留組。
魔狼頭領は砦跡でも大暴れしていたらしい。倉庫や監視塔など、施設の殆どが潰されたという。
避難用の地下壕深くにまで避難した三頭商会の関係者と馬と馬車に被害は無かったけど、倉庫内に避難した二ールグラス商工会の馬車と積荷は全損。蜜鳥商会とウォーロック商会も崩れた倉庫に埋もれて被害を受けた。
商会員や護衛の死傷者も多い。ウォーロック商会は商会長が亡くなった。
魔狼達に追いかけられるも大変だったけど、残るのもまた大変だったと。デノース商会では地下壕の深くまで避難させて貰えなかっただろうし。
移動組。最後尾でフラウバッサ大商会の馬車に乗っていたダッコウィーナと弓兵3人。
ダッコウィーナは詳しく語らなかったけど、魔狼頭領との接敵では魔術を使って口を塞いだ。その後に木に飛び移ってやり過ごしたという。糸・縄・鉄線等を媒体にした魔術だろうか。
馬車は破損、御者と馬は死亡、弓兵の内2人が怪我。ダッコウィーナと弓兵3人は北へ進むか南へ戻るか迫られるが、少しだけ北に進む事を選んだ。高木の上から放棄されていた一号馬車を見つけ、立て篭もる事にしたのだ。
夜まで篭もるとそこに魔術兵団がやってた。兵団の馬、工兵による応急措置により一号馬車が移動可能になる。残留組も別働の魔術兵団に護衛されながら追いつき、合流した。
道中では一号馬車の備蓄棚から食糧と酒を拝借したらしく、代金を持参していた。
「しっかし、な~にが魔狼討伐隊だよ。しっかり仕留めておいてくれってんだ」
「魔狼討伐なのに欲張り岩狼が紛れてたんだろうね。笑えやしないよ」
〈魔狼が相手なのに岩狼の従魔を連れてた人が居たの?〉
〈あー。今のは欲張りな人が抜け駆けしときながら失敗して、魔狼を包囲から逃がしたんじゃないかって話だと思うよ〉
魔狼への罵倒と愚痴から、そもそも何故魔狼が現れたのか?という話になった。
デノースは魔狼頭領の馬車を破壊してまわる動きを観て、大商隊に居る貴族を狙っていたのではないかと推理していたな。
ダッコウィーナはその前段階である、岩狼の森の南東部に居たはずの魔狼が魔狼討伐隊の包囲を突破し北進した経緯を考察した。
昼の刻と大分。
大商隊参加者と支店長のスザーネルは
戻ってきたリコリスは少々落ち込み気味だったけど商会員の制服を借りてローブを洗濯し、家事を中心にお手伝い。
私は昨日と同様に魔術の練習と書き物をして過ごしていた。
書き物は3つ。一つ目は大商隊での行動をまとめたもの。二つ目はシャーデック先生に会った時に直接渡す手紙だ。砦兵士の私が魔物になった経緯と事件についての考察だ。時期を考えてベルドライズ
ああ、リコリスとデノースは私がここまで来る為に騙くらかして利用しただけであって、事情は話していないと付け加えておかないと。
三つ目はリコリス宛の魔術育成論だ。役立ててくれると嬉しい。
寝る前にリコリスが知らなかった【欲張り岩狼】の寓話を聞かせる。最近は魔術の話ばかりだったからこういうのも良いよね。
[清廉暦714年春月48日 魔術都市]
支店に魔術学院シャーデック学院長直筆の封書が届いた。49日か50日の昏の刻であれば会えるので学院に来て欲しいという内容だ。
デノースの書いた封書により、招待状はリコリスとデノースの二つ。
商会員経由で49日に向かうと連絡すると明日迎えの馬車を寄越すという。
本日デノースは魔術都市の商会主による会合があるそうだ。支店の方々も大商隊の出立準備の手伝いを頼まれて忙しい。
リコリスはここ数日のお手伝いも含めて賃金を出すと言われ、商会員の制服で仕事をこなす。
あ、あれ?少しずつデノース商会に馴染んでない?
50日までに一緒に行くか返事を求められてたけど、まさか支店に残って働くという選択肢が?!
リコリスが望むならどの選択も構わないけど、
だいたい夕の刻くらいから。
都市を散策。日用品や下着肌着を買い揃える。ついでに魔鰐の魔核の売却額も調べると四十ニ万が最高値だった。加工所や研究所へ直接卸す事ができれば高値になりそう。
寝る前に装備更新の話をする。リコリスが使っているクロスボウは元ハンターのベラが予備の武器として所有していたと思われる武器だ。これを予備武器として、速射機構か連射機構のあるクロスボウを主武器にしたほうが良いと話したら、
「クロスボウで相手から離れて攻撃するってなんかずるい感じがするんだよね」
ええぇ?!あっ、リコリスは別にクロスボウが好きでも得意武器とかでも無かったわ。一人前ハンターとして旅を認めてもらう為の一時的な火力底上げの武器だった。
クロスボウは風魔術士と相性が良いからこれからもクロスボウを主武器として使い続けるとばかり・・・あ、それなら魔術育成論も一部修正しないと。え、夜更かし良くない?あ、ちょっと待って灯り、あー。
[清廉暦714年春月49日 魔術都市]
朝の刻。
リコリスは朝から支店での手伝い。あれ?なんか接客の指導受けてる?
私は魔術育成論の修正。手紙から冊子になったけどまあ良いか。
夕の刻と半。
「リコリス、タルテちゃん、さあこちらに座りなさい」
魔術学院からの迎えの馬車にナジャンテが乗ってた。
その格好はドレスである。魔術学院は清廉教からの支援も有るのでそれを配慮したのだろうかと思ったけれど、この後にデノースと共に夜会に出席しなければいけないらしい。大商隊に居た貴族に関わる夜会であり以前から決まっていた。
学院の門をくぐる。学院へは兵士時代仕事で二度入った事がある。
待合室に通されてしばらく待つとやって来た女性職員にデノースとナジャンテだけ呼ばれた。
「あの、私は…」
「しばらくこちらでお待ちください」
「私は学院長に会えないのでしょうか?」
「お礼のお話をしていると思いますよ。リコリス様との時間は確保されております」
「あ、はい、わかりました」
リコリスはお礼のお話を自身を連れてきた事への感謝の言葉と捉えたようだ。もちろんそれもあるだろうけど、素性の分からない商人デノースによる商品リコリスの駄賃、つまりはリコリスの生命の運送費交渉である。リコリスの外見的にまだ見せたくないというかその場に置くのを憚れた様である。
ただ今回に限ってはこれも表向きの理由でしかない。
人が魔物に変わる現象と、ベルドライズ
デノースとナジャンテが戻ってきた。
「オレ達はこのまま夜会に出かけるからな」
「それじゃあ、また明日ね」
軽く別れの挨拶を済ませた後、二人は着飾った魔術師数名と共に学院を出る。
私とリコリスは女性職員の案内でシャーデック先生の居る執務室へ入った。先生の他に魔術士らしき三人。一人は書記官らしく部屋の隅に用意された席に着く。二人は護衛らしく先生の背後と部屋の入り口で立つ。
「シャーデック魔導
先生の軍式の礼に緊張しながらも返礼できるハンター優等生リコリス。
「この三人は私の部下であるが、君を不快にする言動をとれば指摘してくれ。私は君を擁護し部下は退室させると先に宣言しておく」
先生が椅子に座り、リコリスへ着席を促し茶菓子を薦める。
記録の為の自己紹介と軽い雑談を済ませてから、貴族として都市運営者として先生が知りたい大商隊の旅の話に。リコリスには私が書いた活動報告書を提出してもらう。
「よくまとめてあるな。助かる」
リコリスの肩越しから見ていた私と目が合った。やはり私に気付いている。資料を見つつリコリスの話を皆が聞いた。
魔狼頭領の戦闘能力と魔力持ちが乗る箱馬車を狙う動き、貴族を襲撃する為に魔狼の群れが準備されているように感じる。そこまでして狙われる貴族となれば
旅の話の後は集めた素材の話になった。ケネッドの右腕に巻いた布、私の根足、虫除けの葉を見せてきた。ケネッドが都市で治療を受けた際に回収したようだ。買取表を見ると根足の値段が高い。ただの布切れにまで値段が付いてる。
〈根っこは返して貰ったほうが良いよね?〉
〈もう途中まで生えてきてるから今更くっつけてもなあ。それより魔鰐の魔核を買取して貰えるか聞いてみよう〉
魔核を取り出すと二人の魔術士も気になって寄ってきた。書記の人も気になってる様子だけど椅子から離れられない。シャーデック先生が個人の支出として六十万フェダールを提示されたので即決。
「これだけ話せば十分だよな?」
シャーデック先生が書記に了承の確認を取ると、ふうと一息。口調を崩してリコリスに話す。
「ここからは記録なしの私的な会合だ。私もハンター上がりでな、言葉使いは気にせんよ。」
そしてシャーデック先生が私を見つめて言う。
「お前さん、テミアなんだよな?」
「あ、はい。アンダルテミアです。お久しぶりです先生。これをどうぞ」
ベルドライズ
「用意周到だな。まだ十二日間しか経っとらんのに」
「リコリスのおかげ、です。私一人なら五十日かけて着く予定でした」
「
「そうです。さすが、先生」
「それは私の予想ではないがね。ところで魔術が使えるようだがどうかね?」
「はい!とても楽しいです。幸せです。誰のしわざか、分かりませんけど、この一点に関しては、かんしゃですよ」
「フフ、心は本当にテミアなんだな。なんとも不思議な感覚だ」
「私も、三十歳を迎えると魔術士になれるとは思いませんでしたよ。ハハハー」
ダッハッハー。と膝を叩いて笑うシャーデック先生。
「いやいや、『タルテ』君。君の肉体はまだ0歳なのだろう?それとテミアは魔術が使えそうな君の事を羨んではいたが、心配もしていたぞ」
「ん?え?」
「テミアなら今月40日、六日前にベルと共にここ
「え?私が、来た?生きてる???」
なんとも不思議な言い回しだけども、私が生きてる?
「ベルが、ああ。ベルドライズ
「えっと、つまり砦の兵士のアンダルテミアさんは、今も生きているって事でしょうか?」
私と先生との会話に口を挟まないようにしていたリコリスも気になってきて質問してた。
「衰弱して自力で立ち上がれない状態ではあったが生きてはいるな。兵士のまま連れ出すには手続きに時間がかかるから退役して兵士ではなくなっていた。今の肩書きはベルドライズ
「ぶふっ!」
え?ベルドライズ
「それではタルテは何者になるのでしょうか?小妖精のような危うい立場になるのでしょうか?」
「何者かというと精霊や精霊獣の類になるな。現行法では小妖精と変わらん。従魔扱いされるが魔獣よりも町の出入りの申請は楽だ」
私はアンダルテミアじゃない?アンダルテミアだと思い込んでた魔物、いや精霊か。じゃあ私の体内に有るのは精霊核か。いや、そんなのはただの呼び名が違うだけだ。そういう問題じゃない。えーと私はわたしは・・・
「私の部下のキュウナスが精霊について詳しくてな。テミアに付き添って
「はい!ここに残ります!」
は?えぇぇ!
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二章 大河都市と岩狼の森 終
次章 魔術都市と死者の街道 (予定)
草葉の陰魔術師 羽原平助 @pappara_peijo
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