第15話 魔狼

[清廉暦714年春月44日 山道]


 灯りの魔術具で前方を照らして馬車はゆっくり進む。岩鰐が活動するのは朝の刻以降なので岩場では比較的安全に移動できる時間帯になる。元々の予定だった明の刻前に砦跡から出発というのもこれが理由だ。


 ニカベル商会の馬車が先頭でフラウバッサ大商会の馬車が最後尾で進む。その最後尾の馬車の屋上から魔術士でハンターのダッコウィーナがこちらに手を振り挨拶をする。


 リコリスとユディルが乗っている荷馬車は最後尾の一つ前になる。荷馬車の一つ前が一号馬車で、屋上にナジャンテと大きな盾を構えたケネッド。さらにその前が二号馬車でデノースが御者をしている。今まで御者を務めていたオルバがデノースの横で槍を構えていた。屋上には弓を構えたロディナン。


 道は緩やかな下り坂で暗い為に速度は控えめ。馬達の負担も少ないだろう。



 明の刻。日付が変わり45日になる。


 夜の刻大分から謐の刻を過ぎ、明の刻まで馬車は走り続けた。山道を抜け、森の中のやや広めの場所で馬達の為の休憩をとる。リコリスがそわそわしている。


〈獣がこっちの近くまできてる?〉


〈うん。それで魔狼は今は砦跡に居るような気がする。魔狼は、その、子どもたちの仇だってものすごく人間を恨んでるみたいなの。大怪我してるからこっちに逃げてきたのに人間をみたらやっつけてやるって気持ちになっちゃうみたい〉


〈魔狼の頭数は分かる?〉


〈分かんない。強い感情がぶわわあって伝わるから1頭じゃないみたい?〉


 まずい状況だな。魔狼は砦跡に攻め込み砦兵と戦闘中。魔狼から逃げてきた獣達はさらに北上していてこちらに向かっている。


 そして砦兵が魔狼を討伐出来なければこちらに魔狼も向かってくる可能性もあると。今はルロトスと砦跡の衛兵や残った大商隊の人達の心配もしてられない。



 休憩を終え出発する。獣の群れが砦跡を超えた事、魔狼が砦跡に居てこちらに向かってくる可能性もある事をデノース達に伝えて貰う。馬達の都合でこれ以上急ぐ事できないので襲来の覚悟だけはしておく。


 そしてルネ起床。揺れる籠の中でよく眠っていられたなあ。


「ふああぁ。ごはん~」


 私はリコリスの膝に座り、ルネはその私の上に乗って朝食を摂る。蔓腕2本をルネに巻き付け、2本をリコリスに。根足を荷車のあちこちに伸ばして掴み絡ませ支える。


 リコリスがルネに状況を説明するが危機感は薄い。これはルネの性分のようだ。

 ルネには馬達とロバに『お馬さんを元気にする魔法』を掛けてもらった。


 朝の刻と少し。


 獣の群れが追いかけてきた。魔核が無い岩狼達だ。フラウバッサ大商会の馬車から矢が飛び街道に刺さる。それを見ても岩狼達は逃げずに追いかけてくる。


〈あの狼達、逃げないって事は人を狙ってる?〉


〈うん。人間はみんなやっつけてやるって。〉


〈んー?あのこたち何か操られてるっぽいねー〉


〈魔狼は岩狼を操る魔術まで使えるのか。やっかいだな〉


〈さー、知んないー。でも人間だってそーゆー魔法使ってくるよー〉


 心話でリコリスに問いかけるとルネも返事してきた。


〈ルネは狼相手に攻撃魔術を使える?〉


〈攻撃魔法?使えるよー〉


〈リコリス準備は出来てるね〉


〈ボルトは32本!〉


 荷車には商品の短槍も積んである。何かあれば使うも投げ捨てるも自由にして良いと許可もとっている。


 最後尾の馬車は弓兵3人を乗せていて矢を潤沢に持たせているようだ。その一斉射撃は強烈だ。その為か馬車を追い越し回り込もうとする岩狼達もでてきた。その岩狼相手に屋上のダッコウィーナは魔力が込められた輪のようなものを準備していた。


 両手で掲げ詠唱すると輪がふわりと宙に浮く。魔術具じゃない、魔術媒介か。あれが私の記憶の中で合致した魔術であるならば上級魔術の『討滅輪』になる。


 ダッコウィーナがキュリキュリと音を立て回転する輪を投げ放つ。1頭の岩狼の首を切り落としても輪の勢いは衰えずに飛び回り次々と岩狼を仕留めたあとに使用者の元へと戻ってきた。再度魔力を込め両手で掲げながら詠唱を始め、放つ。


 ルネも誤射のない離れた位置の岩狼に攻撃魔法を無詠唱で放った。影魔術の類だろうか、仄暗い、ぼんやりとした黒い球を具現化させ投げ飛ばす。矢よりも遅いが私の誘導矢の魔術よりも執拗に誘導し岩狼の胴に当たる。


 当たった岩狼は転げ回って街道に倒れ、視界から流れていく。生死は不明。追って来ないなら今はそれで良い。


 岩狼は十数頭と多かったが弓兵とダッコウィーナが大半を仕留め、回り込んできた数頭をリコリスとルネ、それにナジャンテの礫弾の魔術とロディナンの弓矢による援護射撃もあって殲滅した。



 前方の三頭商会の馬車が遥か先に進んでいる。馬車馬は速度を緩めず今も離れつつある。私達を囮にしたいんだろう。


 一緒に砦を出るって話の時点で分かっていたし、居ても居なくても私達が狙われる状況に変わりは無い。ダッコウィーナ達が居るだけ十分だ。


 呼吸を整える程度の間の後。リコリスが叫ぶ。


「魔狼来ます!3頭!他にも居ます!」


 やっぱり来たのか、早いよ!もう少し休みたいけどそれもできない。

 魔狼の魔力を感じ取り体が震える。数頭の岩狼と共に3頭の魔狼を視認した。1頭だけでかい。あれが魔狼の群れの長、魔狼頭領だろうか。


 ダッコウィーナが輪を投げ放つ。数頭の岩狼の首や足を切り落とし、魔狼へと向かう。跳んで避けた魔狼にも向きを変えて空中で切り裂いた。


 輪は魔狼頭領へ向かう。魔狼頭領は避けるのではなく自ら飛び掛って噛み付いた。輪はギャリギャリと音を立て回転し続けている。凄まじい魔術と威力だ。しかし、


バキン!


 輪が音を立てて砕かれてしまう。なんだあの牙は、破魔効果持ちか?ガナデンス砦でも短剣一振りしか配備されなかった貴重品だぞ。


 魔狼頭領は口元から血を出しながらも健在だった。後姿で見えないがダッコウィーナが何かを用意している。


 魔狼頭領が最後尾の馬車に追い付き矢群を物ともせず飛び掛る。上から圧し掛かり片側の車輪が外れ横倒しになった。その勢いで御者が森の中へ放り出された。ナジャンテが礫弾を放つもすばやく飛び退き凌いだ。ダッコウィーナの姿は確認できない。


 視線をすぐに魔狼頭領のほうに向ける。体に刺さっていた矢を振り払い、こちらに狙いを定めて追いかけて来ていた。


〈今!〉


 リコリスが貫通矢を放つ。

 魔狼頭領はリコリスの放ったボルトを正面から見据えていた。私も魔狼頭領の眉間に視線を合わせ続ける。


 相手が動き回らないだけ容易ではあったが、ボルトが魔狼頭領に当たる寸前に上空へと逸らされた。うわ矢逸らしの魔術か!私の誘導矢の魔術は魔力負けしボルトは飛び去っていく。ルネの魔法球も迫るがそれには反応して避けた。


〈リコリスは隣の魔狼を、ルネはそのまま魔狼頭領を狙い続けて〉


〈わかった!〉


〈はーい〉


 ルネの魔法球を魔狼頭領は矢逸らしの魔術で逸らそうとしたがすぐに向き直るので避け続けるようになった。


 討滅輪の時のように噛み付きはしない?何かが絡まっていて口を開けないようだ。これはダッコウィーナの魔術か?助かる。


 ナジャンテとロディナンの牽制で岩狼は追っては来てるが近寄ってはこない。問題は魔狼頭領と魔狼の2頭だ。


 リコリスは魔狼に集中して射撃をしている。魔狼はこちら側から見て魔狼頭領の右側を併走している。こちらを見据えておりボルトを放つと左へ避け、もう一度放つと右へ避けられる。詰め寄らずに距離を保ち、回避に専念しているようだ。


 ボルトの残りは10本。ここで誘導矢の魔術を込め終えたボルトを渡し、放つ。魔狼は左に避けるがもちろん狙いは魔狼ではない。


 魔狼頭領は勘が良いのか私からの視線に反応し飛び退けるが左後ろ足に誘導ボルトが刺さる。岩鰐ほどの頑丈さが無くて良かった。


 そこにルネの魔法球が追撃。それを前足で捉えて地面に叩きつけ潰した。その隙を狙ったナジャンテによる礫弾は避けきれず直撃。完全に足を止めて離れていく。このまま追って来ない、とはならないだろうな。



 魔狼頭領への連撃で魔狼の怒りを買ってしまったのか魔狼が猛然とこちらへ迫ってくる。


 ボルトの射撃を魔狼は僅かな動きで避けた。リコリスに噛み付こうと飛び掛ってしきた!荷車の上で避けようのないリコリスは屈んで対岩狼用の盾を構えている。本来なら対岩狼用の盾で防げはしないが、


 バウン!


 盾に仕込んだ魔術札が魔鰐の魔核からの魔力供給に耐え切れず魔力暴発を起こし、正面の魔狼へ暴風として放たれた。その勢いでリコリスは体制を崩したが魔狼も噛み損い地面への着地にも失敗した。


 そこに投擲の魔術札が張られた短槍が4本同時に飛び出し追い討ちをかける。2本刺さり魔狼は動かない。荷車から離れて行く。



 ユディルが生成したボルト5本を受け取ったり、短槍を並べていると魔狼頭領の魔力を感じ取った。


 魔狼頭領がこちらの荷車を利用して轢弾や矢の射線を遮りつつ追いかけてきた。口を縛っていた何かを解いたのか先程と違って牙や舌が見える。


 リコリスの射撃を見てボルトを避けるようになったので防御重視の矢逸らしの魔術から速度重視の疾走の魔術のようなものに切り替えたと推測する。これは自身の魔核を扱うすべを理解し、使いこなしているという事だ。厄介すぎる。


 現在最後尾の荷車に突っ込むと見せかけて一号馬車のほうへと一気に駆けた。先の攻撃でフェイントを学習した?!


 ナジャンテへと飛び掛かる魔狼頭領。それをケネッドが大盾で庇い、吹っ飛んだ。地面に落ちて二度跳ね転がる。ナジャンテの放つ轢弾を魔狼頭領は前方への跳躍でかわす。


 その衝撃で一号馬車の左後輪が外れ、速度が落ちていく。ユディルの荷車も速度を落としケネッドへ近づいて行く。二号馬車もほぼ停止していて魔狼頭領への牽制射撃を行っていた。


 魔狼頭領は二号馬車を無視して先へ進んでいる他の商隊馬車を追いかけていった。



「掴まって!」


 リコリスが手を伸ばすがケネッドは反応しない。岩狼に囲まれつつも更に速度を落とし続け、ケネッドを掴む。


 しかしリコリスの筋力ではケネッドを荷車の上に引き上げる事が出来なかった。私はリコリスと荷車に巻き付いて落ちない様にするので精一杯だ。


 この状況でリコリスとユディルに半死半生のケネッドを見捨てて逃げるという選択をさせるのは不可能だ。ここではケネッドを引き上げる事で皆が助かる可能性が出てくる。なので叫ぶ。


「ユディル!てつだって!」


 ロバは完全に足を止めた。ユディルの手伝いでケネッドの上半身側を荷車に引き上げる。包囲する岩狼からルネが魔法で牽制しているが、それも一斉に襲われると持ち堪えられない。


「キエエエエェッ!!!」


 気迫の篭った声と形相で駆けつけたのは一号馬車の馬に跨る御者のルセンテルだ。


 長柄の手鉤を振り回して岩狼の包囲を破り荷車へ近寄る。手鉤をケネッドのベルトに絡めて持ち上げてくれた。ユディルがケネッドを背負う体勢から荷車内へと倒れるようにして引き込んだ。よし!


「有難う!」


 リコリスが礼を述べるとルセンテルは頷き荷車から離れ、


「キョアアアアァ!!!」


 と声を荒げて岩狼を蹴散らして回る。ケネッドの下から這い出て御者席に座ったユディルが荷馬車を発車させる。


 周囲を見渡すとルセンテルの他にロディナンも馬に跨っていて矛斧を振り回していた。ナジャンテは荒い呼吸をしながらも二号馬車の屋上で弓を引いている。二号馬車と合流しロディナンと代わったようだ。


 御者役をするデノースの横でオルバは槍を構え二号馬車の馬に近づく岩狼を牽制している。一号馬車には馬も人も居ない。後輪も外れたのでこのまま放置するようだ。


 荷馬車を走らせ岩狼からの包囲は突破できた。二号馬車が前を譲り最後尾となる。横はロディナンとルセンテルの騎兵が居て、馬達には再度ルネの元気の魔法を掛けてもらっていた。


 ルネは疲れて這うようにユディルの元へ行き、それをユディルが掬い上げて自身の上着の内ポケットに仕舞い込んだ。


「ルネ。有難う。もう休んでて大丈夫だよ」


「つかれたー。おなかすいたー」


「はい、これ食べて」


「たべたいのにー。ねむいー」



 ケネッドの容態は悪い。右腕は折れ曲がっている。今のナジャンテでは治癒の魔術を使えそうにない。私では応急処置までだ。そして荷車で揺れながらの応急処置なら腕を切り落として止血のほうが適切だろうか。


 ガタン!荷馬車が揺れる。蔓腕根足で絡めて落ちないよう支える。あー、うん。今の私では切断も難しいな。リコリスに頼むのも無理だ。それなら、うまくいくかは分からないけど今の私でやれる事をやろう。


〈リコリス、ケネッドの応急処置をしたいけど、今の私じゃ出来ない。指示するからリコリスに頼みたい〉


〈ええ?!う、うん!頑張る!〉


 まずは私自身が浄化水を頭から被る。リコリスに上着を脱いでもらい自身とケネッドの腕を重点的に洗って貰う。


 荷車の中なので水浸しになるけど屋根の無い荷車には雨水が溜まらないよう排水溝がある。荷車内の汚れも落ちてちょうど良かっただろう。


 そこからは私の指示でリコリスがケネッドの曲がった腕の骨を合わせる。薬剤棚から虫除けの葉を取り出し貼り付ける。この葉には未加工のまま使っても多少ながら鎮痛や炎症を抑える作用がある。


 次は腕を支える添え木が欲しいんだけど。…無いな。対岩狼用の盾の、木製で細長い盾部分は魔狼との戦闘で粉々になってしまった。しかたない、私は自身の一番太い真ん中の根足を蔓腕で示す。


〈この辺りから剣鉈で切って〉


〈ええ?!切るの?〉


〈これが丁度良いから。時間も無いからお願い〉


〈いいんだね?…うん、わかった〉


 痛みは無いので直ぐに切り落とした根足をケネッドの右腕に添え、丁度良い布が無かったので私が纏っていた布で包む。対岩狼用の盾のクッション部分を腕にはめ、上が動かないよう固定する。腕はこれで良いだろう。


 腕以外の怪我には虫除けの葉を貼り付け、その上からリコリスがベラから貰った巻き布を巻いた。上半身だけ起こして荷造りロープで両腕胴体ごとぐるぐる巻きに。


 さらに荷掛けフックに通して揺れが激しくても荷台から落ちないようにした。よし、あとは魔術都市カウイェルヤッハのほうでうまく処置して貰おう。


 ケネッドが薄く目を開け「ぅぁ…」とかすかに声をあげた。


「よくやったぞ。今は休め」


 私が頭を撫でながら言うとまた目を閉じた。一糸纏わぬ謎の生き物が、そんな大言を吐ける立場じゃないけれども。今そう言って安心させてやれる人が居ないんだよ。



 進むにつれ岩狼の数が減ってきた。私達を無視して三頭商会の馬車を追いかけて行ったり、怪我を負わせて街道に置き去りにしたり、森へ逃げだしたり。そうして岩狼が3匹まで減ったところで攻勢に出た。ロディナンが2匹ルセンテルが1匹仕留める。


 もう追ってくる岩狼もいない。正直このまま進んで先行した岩狼や魔狼頭領と遭遇しても何も出来ないので周囲を警戒しつつ停車し小休憩を取った。


 ナジャンテがケネッドの様子見に来たので応急処置の説明をして引き継いでもらう。私とリコリスは二号馬車へ移りデノースと状況確認。


「リコリス!助かったぜ。あん時連れて行くのを渋ってたらオレ達ゃ全滅だったな」


 リコリスは今の状況に素直に喜べないでいる。それにまだ助かったとは言えない。魔狼頭領がこちらに戻ってくるかも知れないのだ。


「褒められる事はしてても責められる事はしてねえだろ?責められるとしたらオレのほうだ。かえって危険に晒しちまったかも知れねぇ。…あの狼、誰かさんを狙っているように見えた」


 デノースが誰かさんと名を濁す相手。高僧ナジャンテでもなく大商隊の代表ヤタナシベリでもない、大商隊に同乗していたお偉い誰かさんだろう。


 実際、その誰かさんを狙っていたとは限らない。ただ、魔狼頭領は魔力が高い者、箱馬車を潰して回るような動きではあった。


 小休憩を終えて馬車は発車。私とリコリスは二号馬車屋上から何も起きない事を祈りつつ周囲の警戒をする。ナジャンテがケネッドに治癒魔術を使っている様子が見えた。



 夕の刻。


 馬車を進ませ森に囲まれた街道を抜けて分岐路東側、魔術都市カウイェルヤッハ側が管理する区域まで来た。そこには都市から派遣された魔術兵団が駐留していた。掲げている旗と兵装が、私の記憶の中の魔術兵団と一致する。


 私達より先行していた三頭商会の馬車も停車していて、デノース達から安堵の声が漏れる。護衛としての立場では油断は出来ないけれど、とりあえずは命の危機からは脱したと思って良いだろう。


 近づくと兵団の者が停車を促してきた。私は大河都市のハンター管理職員クノセさん手製のドレスきぐるみを急いで着用。


 停車した馬車に兵士達が駆け寄り、一人が屋上の様子を伺ってくる。リコリスがハンター証を出して「ハンターのリコリスです。私は大丈夫なので、ケネッドさんのほうをお願いします!」と言うと、すぐに退いた。


 兵士と三頭商会の誰かとデノース、三者の会話に聞き耳を立てる。

 魔狼頭領が私達を追抜いた後の話だ。


 商隊馬車の人達は魔狼頭領が馬車に圧し掛かり潰すという攻撃を繰り返していたのを見ていた。


 商隊馬車に追い付いた魔狼頭領が圧し掛かり攻撃を仕掛けてくるのを待ち、それを馬車屋上でずっと潜んでいた剣士ノプトルティが迎撃し魔狼頭領の左前足に怪我を負わせた。左前足と後ろ足を怪我をして精彩を欠いたところに魔術兵団と合流。


 魔狼頭領はついに逃走を選択。そのまま北部の森の奥へ直進し姿を消した。仕留める事は出来なかったようだ。


 話を終えたデノースがリコリスに話しかけてきた。まずはケネッドの話。

 ケネッドは育ての親の借金を背負っていて、デノース商会はその借金を全額肩代わりし専属護衛をさせる事で返済していると、以前に本人から聞いた。


 今回ナジャンテによる治癒の施しと魔術都市カウイェルヤッハでの治療により、借金がさらに増える事になる。


 先刻の小休憩でナジャンテが荷車に移る前、ケネッドの借金と身元を引き受け従者とするという案を提示されたそうだ。従者の場合ならケネッドの怪我の治療は主人ナジャンテの責務となり、治療にかかる費用はナジャンテが負担する事になる。


 治療代をさらに借金してデノース商会の専属護衛として残るか、借金完済までナジャンテの従者になるか。この提案は無事に都市に着いてからケネッド本人に任せるという。


 そして本題であろうリコリスの話へ。護衛依頼継続の話だ。ケネッドがナジャンテの従者になれば護衛はロディナン一人。ケネッドが専属護衛を選んだとしても治療に時間がかかるので都市の治療院に入院させるか利き腕負傷のまま連れて行く事になる。


魔術都市ヤッハに着いたら護衛依頼は完了になる。受け取った手紙はオレの名義も添えて学院に必ず届ける。これで関係の清算になるけどよ、そのあとに改めてオレ達と一緒に北境都市タンシオンまで行かねえか?ユディルの護衛でも専属護衛でも、なんなら食客や友人としての同行でも良いんだぜ」


「あの、それについては」


「ああ、待ってくれ。オレ達が魔術都市ヤッハを発つのは50日なんだ。返事はその日で頼む。返事が無ければそのまま発つさ」


「…はい、わかりました」



 昏の刻。


 兵団の駐留地にて一泊し、明日に魔術都市カウイェルヤッハへ向かう事になった。

 ナジャンテとケネッドは兵団の用意した馬車に移り、他の怪我人と共に先に都市へ向かうようだ。


 ケネッドがナジャンテから説得されたら従者、そしてそのまま女信教の僧兵へとなりそうだな。ケネッドも僧兵になったらナジャンテのような容姿になってしまうのだろうか。


 そう言えばナジャンテはケネッドには見込みがあるって言ってたような。あれってそういう意味だった?んー、まあ、ケネッドの今後の事なんてどうでも良いや。


 私とリコリスは二号馬車屋上でテントを張り休む事になった。馬もリコリスも皆も、そして私も疲れ果てていて、寝床の準備が出来るとすぐに眠ってしまった。



[清廉暦714年春月46日 魔術兵団駐留地]


 朝の刻。魔術兵団の駐留地から出発。

 昼の刻前。私達は魔術都市カウイェルヤッハに到着した。

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