第44話
[清廉暦714年 春月43日 明の刻と正分節][開拓村ルロトス]
現在デノース商隊とユディルは大商隊の列の中央にいる。最後尾は三頭商会の三車両が連ねていた。
この三車両は頑丈そうな作りで車輪にはカバーが付き、牽引している馬も武装している。これは岩鰐対策だろうな。
携帯食を一口入れて開拓村ルロトスから出発。
朝の刻。
移動中にルネが「おはよ~」と挨拶と共に起床。
「ルナに馬車で旅してるって話したらー、お馬さんを元気にする魔法教えてもらったよー」
「ま、魔法ー?!」
魔法と聞いて驚いたけど、地域や種族によっては魔術と魔法を区別せず呼んだりするか。
魔術士にとって魔法とは未解明の部分を残した魔術や、大規模魔方陣・祈祷・供物・多人数同調詠唱等の事前準備や人員が必要な上級魔術を指す。
「うん、こーゆーの。ほ~い」ほわん。
ルネは指を軽く振るってからロバを指差す。許可も得ず走ってる最中のロバに何か掛けた。
御者を務めるユディルが何かが素通りしたのかとこちらとロバを見返す。
「いきなりかけたら ロバ びっくりするよ」
「あ~そっかぁ。ロバさんごめんねぇ」
ロバの様子は特に変わりなく走り続けていた。ロバから魔力は感じるけど効果は不明。
妖精族による特殊な魔法だったのかどうかも使用者自身がよく分かっていない。
というかルネは夢の中で妹のルナに会って魔法を教われるのか。言葉通りなら馬種の持久力を高める魔法なのだろうが、検証の余裕はない。
昼の刻と半。
出発して最初の休憩地点までは何も無かったけれど、この先には岩鰐の生息地にもなっている岩山が東西に聳えている。
その間をこの地にあった旧王朝が切り拓いたとされる道が一本通っている。
休憩を終えて馬車が動く。ここからは一号馬車の屋上にナジャンテと弓を持ったケネッド、二号馬車の屋上にロディナンとリコリスが乗り出発する。
人を全員乗せて走らせているので馬に負担が掛かるけど頑張ってもらうしかない。一応ルネの魔法をデノースに話して許可をとり、一号二号馬車の馬達にも掛けていた。
〈リコリス、岩鰐の位置分かる?〉
〈この辺りならまだ一匹だけかな。あっちのほう〉
リコリスは耳に手を当て周囲を見回し、左側に見える岩の一つを指差す。他の護衛ハンターの何人かがそちらを向く。
道をしばらく進むとハンターの一人が声をあげた。
「左、岩鰐一!」
弓を持つハンターが声をあげ放った矢の先を見ると岩陰から顔を覗かせる岩鰐がいた。まだ距離もあって注視していないと岩と判別つかなくなる。
岩鰐の手前の地面に矢が刺さる。直接当てても効果は薄いが眼前に矢を落とす事で怯ませることができる。
牽制と進路妨害で馬車の最後尾が通り過ぎると矢を払い除けて猛追して来た。
「左右からも一匹ずつ近づいて来てます!」
「追加左一、右一、警戒!」
リコリスの声を聞きロディナンが大声をあげる。二匹増えた。弓を持つハンター達が矢で牽制する。
リコリス含めて何人か居るクロスボウ持ちは車両に噛み付く位まで近づいてきた岩鰐の頭や前足を狙って射撃する役だ。しかし弓組が優秀なので出番はなさそうである。
私はリコリスの心魔術の能力を高く評価している。
一般的な心魔術とは目視範囲内を心の声で対話する、伝心の魔術である。一般じゃない特殊な仕事の為の心魔術もあるにはあるが。
その伝心の魔術と同等の効果を有する魔術具や長距離連絡用の魔術具の存在もあって、伝心の魔術を鍛錬して心魔術の技術向上を行う行為が魔術士にとって非効率と考えらるようになっていた。
リコリスの場合は、他の魔術を教わる機会がなかった。
動物達とお話したいという想いと努力が心話の範囲や持続時間の強化に繋がり、心探査の原初魔術という索敵の応用へと至った。
心探査の原初魔術はガナデンス砦の研究棟にも情報はなかったはず。
軍が探査魔術の把握漏れなどしないとするなら、軍にもまだ知られていない魔術となる。
魔術協会に公表すれば索敵魔術の一種として認められる可能性は大きい。
もちろんリコリスの切り札なのでしなくて良い。するにしても魔術士の資格……いや、研究生にもなってしまうか。リコリスは嫌がるだろうなあ。
岩鰐を三匹引き連れたまま砦跡が見えるところまで来た。
このまま逃げ込むのかと思ったけど、後ろ三車両が速度を落とす。乗っている傭兵達が仕留めるようだ。
三車両を置き去りにして砦跡の門をくぐる。砦の衛兵も慌ててないので想定内の様子。
夕の刻。
砦跡へ到着。砦跡といえど、瓦礫等は撤去済みで仮設の小屋と倉庫だけであとは広場だ。
仮設じゃないのは防護壁の内側に併設されている監視塔と厩舎だ。防護壁は補修され砦跡を囲む空堀も岩鰐対策になっている。
二つの倉庫からは地下壕へ通じていて、それぞれ氷室用と避難用となっている。
夕食には蜜鳥商会の他に二ールグラス商工会も加わる。
あと三頭商会以外の商会はウォーロック商会だけになるけど、商会長が勝手に出かけないよう見張られているらしい。
商会代表として傭兵一名だけが参加となった。各商会同士で食べ物と情報を交換し合った。
ナジャンテはまた誰かに呼ばれてどこかへ行った。詮索はしない。藪をつついて魔狼とか出てきたら嫌なので。
見張り役を無事に果たし、寝る前にテントの中で私は動影の魔術を、リコリスは風流操作の魔術の詠唱練習を始めた。
リコリスはデノースから借りている毛布に包まれ、更にゆたんぽもあって暖かい。
私はそのリコリスに抱き抱えられた状態で魔術詠唱をした。
「ウシャム ネビウ フォン ラーア」
「ウシャム セルト フアー。ウシャム セルト フアー。あ、それまた新しい魔術?」
「うん。動影 の 魔術。 だけど じっさいは 影が できるほどの 魔力が 具現化 されて 動いてる」
テント内でカンテラに照らされた私を抱えたリコリスの影はそのままに、それとは別の薄い影が伸び縮みしてぐにぐにと動いてかたどる。
「これ、なーんだ? グアッ、グアー」
「わぁ! グァッガだー! 面白いね! こんな魔術もあるんだー」
リコリスは見た事がない魔術を見る事が出来て素直に楽しいと喜んでいた。
しかし魔術を学ぶ若い術士にとって影操作の魔術は「それがどうした」という扱いになっている。
動影の魔術は陰魔術系統とも呼ばれている。
魔力の具現化という魔術の研究や魔術具製作の分野ではとても重要な魔術系統だ。
しかし、戦闘では暗闇に紛れた不意打ちとしての運用が多い。
そのためか学院で魔術を学ぶ貴族の子弟や騎士候補生には印象が悪く、その印象が悪いままの貴族や騎士も多い。
貴族相手に「私は陰魔術士で不意打ちや騙し討ちが得意です」とはアピールしにくいし、能力を隠せば評価がされにくい。
陰魔術とは日陰者の魔術なのである。
しばらく影をぐにぐに動かしてから就寝。今夜は寒く感じたので植木鉢は無し。
リコリスと一緒に毛布に包まって眠る。暖かい。
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