第14話 山道

[清廉暦714年春月43日 開拓村ルロトス]


 明の刻。


 現在デノース商隊とユディルは大商隊の列の中央にいる。最後尾は三頭商会の各車両が連ねていた。


 この3車両は頑丈そうな作りで車輪にはカバーが付き、牽引している馬も武装している。これは岩鰐対策だろうな。


 携帯食を一口入れて開拓村ルロトスを出発。



 朝の刻。


 移動中にルネが「おはよ~」と挨拶と共に起床。


「ルナに馬車で旅してるって話したらー、お馬さんを元気にする魔法教えてもらったよー」


「ま、魔法ー?!」


 魔法と聞いて驚いたけど、地域や種族によっては魔術と魔法を区別せず呼んだりするか。魔術士にとって魔法とは未解明の部分を残した魔術や、大規模魔方陣・祈祷・供物・多人数同調詠唱等の事前準備や人員が必要な上級魔術を指す。


「うん、こーゆーの。ほ~い」ほわん。


 ルネは指を軽く振るってからロバを指差す。許可も得ず走ってる最中のロバに何か掛けた。御者を務めるユディルが何かが素通りしたのかとこちらとロバを見返す。


「いきなりかけたら ロバ びっくりするよ」


「あ~そっかぁ。ロバさんごめんねぇ」


 ロバの様子は特に変わりなく走り続けていた。馬車馬が元気になる魔法らしい。ロバから魔力は感じるけど効果のほどは不明。妖精族による特殊な魔法だったのかどうかも使用者本人がよく分かっていない。


 というかルネは夢の中で妹のルナに会って魔法を教われるのか。教えてもらったという事は何かしらの効果はあったんだろう。



 昼の刻と半。


 出発して最初の休憩地点までは何も無かったけれど、この先には岩鰐の生息地にもなっている岩山が東西に聳えている。その間をこの地にあった旧王朝が切り拓いたとされる道が一本通っている。


 休憩を終えて馬車が動く。ここからは一号馬車の屋上にナジャンテと弓を持ったケネッド、二号馬車の屋上にロディナンとリコリスが乗り出発する。


 人を全員乗せて走らせているので馬に負担が掛かるけど頑張ってもらうしかない。一応ルネの魔法をデノースに話して許可をとり一号二号馬車の馬達にも掛けていた。


〈リコリス、岩鰐の位置分かる?〉


〈この辺りならまだ一匹だけかな。あっちのほう〉


 リコリスが指差したのを気付いたハンターの何人かがそちらを向く。

道をしばらく進むとハンターの一人が声をあげた。


「左、岩鰐1!」


 弓を持つハンターが声をあげ放った矢の先を見ると斜面を下る岩鰐の姿があった。まだ距離もあって注視していないと岩と判別つかなくなる。


 岩鰐の手前地面に矢が刺さる。直接当てても効果は薄いが眼前に矢を落とす事で怯ませる事は出来る。

 牽制と進路妨害で馬車の最後尾が通り過ぎると矢を払い除けて猛追して来た。


「左右からも一匹ずつ近づいて来てます!」


「追加左1、右1、警戒!」


 リコリスの声を聞きロディナンが大声をあげる。二匹増えた。


 弓を持つハンター達が矢で牽制する。リコリス含めて何人か居るクロスボウ持ちは車両に噛み付く位まで近づいてきた岩鰐の頭や前足を狙って射撃する役だ。しかし弓組が優秀なので出番はなさそうだ。


 私はリコリスの伝心の魔術の能力を高く評価している。


 一般的な伝心の魔術とは目視範囲で心話する程度の魔術である。その伝心の魔術と同等の効果を有する魔術具と長距離連絡用の魔術具の存在もあって、伝心の魔術を鍛錬して技術向上を行う行為が魔術士にとって非効率と考えられている。


 リコリスの場合は、他の魔術を教わる機会が無く動物達とお話したいという想いと努力が心話の範囲や持続時間の強化に繋がり、索敵の応用へとなった。


 これを魔術協会に公表すれば索敵魔術の一種として認められる可能性もある。もちろんリコリスの切り札なのでしなくて良い。


 岩鰐を3匹引き連れたまま砦跡が見えるところまで来た。このまま逃げ込むのかと思ったけど、後ろ3車両が速度を落とす。乗っていた傭兵達が仕留めるようだ。

 3車両を置き去りにして砦跡へと入る。砦の衛兵も慌ててないし大丈夫だろう。



 夕の刻。予定通りに砦跡へ到着。


 砦跡の跡部分といえる瓦礫等は撤去済みで仮設の小屋と倉庫だけであとは広場だ。

仮設じゃないのは防護壁の内側に併設されている監視塔と厩舎だ。防護壁は補修され砦跡を囲む空堀も岩鰐対策になっている。2つの倉庫からは地下壕へ通じていて、それぞれ氷室用と避難用となっている。


 夕食には蜜鳥商会の他に二ールグラス商工会も加わる。あと三頭商会以外の商会はウォーロック商会だけになるけど、別に不仲という訳ではなく手狭になるのでそこの代表一名だけが参加となった。各商会同士で食べ物とその他色々を交換し合った。


 見張り役を無事に果たし、寝る前にテントの中で私は動影の魔術を、リコリスは風流操作の魔術の詠唱練習を始めた。


 リコリスはデノースから借りている毛布に包まれ、更にゆたんぽもあって暖かい。

 私はそのリコリスに抱き抱えられた状態で魔術詠唱をした。


「ウシャム ネビウ フォン ラーア」


「ウシャム セルト フアー。ウシャム セルト フアー。あ、それまた新しい魔術?」


「うん。影操作 の 魔術。 だけど じっさいは 影が できるほどの 魔力が 具現化 されて 動いてる」


 テント内でカンテラに照らされた私を抱えたリコリスの影はそのままに、それとは別の薄い影が伸び縮みしてぐにぐにと動いて模る。


「これ、なーんだ? グアッ グアー」


「わぁ!グァッガだー!面白いね!こんな魔術もあるんだー」


 リコリスは見た事がない魔術を見る事が出来て素直に楽しいと喜んでいた。しかし魔術を学ぶ若い術士にとって影操作の魔術は「それがどうした」という扱いである。


 影操作の魔術は陰魔術系統とも呼ばれ、魔力の具現化という魔術の研究や魔術具製作の分野ではとても重要な魔術なのだけれど、戦闘では暗闇に紛れた不意打ちとしての運用が多い。


 それは学院で魔術を学ぶ貴族の子弟や騎士候補生には印象が悪く、その印象が悪いままの貴族や騎士も多い。


 貴族相手に「私は陰魔術士で不意打ちや騙し討ちが得意です」とはアピールできないし、能力を隠していては評価もされ難い。陰魔術とは日陰者の魔術なのである。


 しばらく魔力の影をぐにぐに動かして就寝。今夜は寒く感じたので植木鉢は無し。リコリスと一緒に毛布に包まって眠る。暖かい。



[清廉暦714年春月44日 砦跡]


 今日は砦跡にて待機日となる。休養は馬達の為だ。

 傭兵の一団が岩鰐狩りへと繰り出す。二日前にハンター達だけ狩りに出てずるい!とか言わなかったのはこれがあったからか。ロディナンやケネッド、ナジャンテは不参加の模様。



 昼の刻と少し。


 食中食後、暇したケネッドがリコリスに話しかけてきた。ハンターになった経緯を聞いてくる。リコリスが私の事以外を普通に全部話すと、私的には特に興味の無いケネッドの話題へと移る。


 休日には絵を描いたりするとか、荒事は好きではないけれど魔術核持ちであるが故に戦闘要員として育てられた話とか、方々にあった借金をデノースが肩代わりしてくれたので専属護衛として仕事をしているとか。


 私にとっては羨ましい魔術核でも他の者にとってはそうでもない事もある。傭兵としてやる気の無さも理解した。


「デノースさんは顔は怖いけどよ、頼りになるぜ。専属護衛として雇って貰えるぞ」


 勧誘されるリコリス。横に居たデノースも驚いてたので言わされたものでも無さそうだ。リコリスはデノースのほうを向いて断った。


「ええと、私は目的があるので出来ません。ごめんなさい」


「まあ何か困ったら話を聞いてやるぜ」



 夕の刻。


 私はテント内で魔術札を作成。リコリスはルネと遊んでる?いや、稽古のようだ。

 リコリスはユディルとルネ、ナジャンテとは既に仲が良く、デノース商隊の皆にもよく声をかけられる様になり、馴染んだように感じる。



 宵の刻。


 土の入った袋に根足だけ入れ、リコリスと一緒に毛布に包まって眠る。どうやらこれが最適解のようだ。


 出発は明の刻より前となっている。謐の刻の半には出発したいらしいけど、規律の緩い雑多な集団ゆえか早朝の準備が遅れやすいようだ。45日に魔術都市カウイェルヤッハへ入れるかどうかはこの出発時間次第だ。


 しかし、もう魔術都市カウイェルヤッハか…。リコリスにはもっと色々な魔術を教えたかったな。



 多分、夜の刻。


 リコリスに身体を揺すられて目を覚ます。


「なんとなくだけど。…南の森の方から何かが向かって来てる感じがするんだよね」


 南側から何かを感じるという曖昧な気配ながらも不安があれば護衛対象と相談はすべき。なのでユディルを起こして話をしてみたところ、野外活動の経験が豊富で魔術に精通しているナジャンテの意見を聞きたいと言われる。


 そしてナジャンテを起こして話をすると、デノースも起こすことに。護衛も御者も起き、まだ寝てるのは小妖精ルネだけになった。


 ルネの場合は眠っている間は行方知れずの妹と同じ夢を共有して見るようなので自然に起きるまでは寝かせてあげたい。


 デノース、ロディナン、ケネッド、ナジャンテ、ユディルが一号馬車の前に揃う。御者のルセンテルとオルバは出立の準備を始めている。

 デノースが大あくびをしてからナジャンテに問う。


「本当に危機なんだよな?慌ててんのオレ達だけだぜ?」


「ハズレなら他の商隊から笑われるわね。アタリなら死なずに済むわ」


「んならアタリに張るのが得ってもんだ。しっかし三頭商会をどう説得するか…いや代表だけでも良いのか」


「ええ。事と次第によっては私達だけ大商隊を抜ける事になるわね」


「で、やべえ気配をその従魔が感じ取ったんだよな?」


「はい。魔獣が南側から来るように感じます、感じたようです」


 リコリスは南方側から魔獣に追い立てられるように獣の群れが南から北へと移動していると感じ取れるまでになっていた。ただこの感覚は従魔である私が感じ取っている事にしている。


「ニカベルの小倅を起こして話つけてくるか。ロディナンとナジャンテも来てくれ。リコリスも外で待たされると思うが一応来てくれねえか」


「はい!」

「ええ」

「了解した。ケネッド、そのまま出立の準備を進めておけ」


 三者が三様の返事をしてニカベル商会副会長ヤタナシベリのもとへ向かう。



 目の前にはニカベル商会が所有する豪華な馬車がある。その車両に繋げて拡張するようにテントが張られていた。


 デノースとナジェンテはテント前の護衛に呼ばれてテントの中に入る。リコリスとロディナンは近くで待つように指示されると、傍で火の番をしている老兵に「何もせえて立っちょると粕っ子されるよいな、こっちゃ座りんね」と声をかけられ、焚き火の前で座っている。


 他の商会の代表らしき人も呼ばれテントの中に入る。話し合いが始まった。



 夜の刻と半。


「思っていたより説得に時間が掛かるな。討議する内容など無いだろうに」


 ロディナンがつぶやく。ちなみに説得とは

「この砦跡に居ては危ないから皆で脱出しよう」ではなく、

「オレの話が信じられないなら俺達だけで出て行くから北門を開ける許可だけくれ」という説得だ。


 オルバが来て出発の準備が整ったと連絡しにきた。一緒に待ってしばらく。デノースとナジャンテ、そしてヤタナシベリとその使いの者が連なって出てきた。オルバがデノース達へ一礼するとデノースは出発の準備が整ったと察して軽く頷く。


「馬車をここへ寄せてくれ。こいつらの準備が整い次第出発するぞ」


「どうもどうも。ルロトスで魔狼との交戦を確認しましてね、大商隊はここでもう一泊する事になりましたが私共の馬車も皆様とお供させて頂く事になりました」


 オルバは二号馬車の元へ。ロディナンがどう話がまとまったのか聞いているので聞き耳を立てる。


 開拓村ルロトスはこの砦跡より一つ前に休憩した所だ。砦跡とルロトスは光の信号を山に仕掛けた反射鏡を使って連絡を取り合っているそうだ。


 そのルロトスで獣の群れを確認。大部分は北の岩場を避けるように東西へ分かれて移動し、一部はルロトスを回り込んで岩場へ北上。その後すぐ魔狼4頭が現れ交戦状態になったらしい。


 魔狼は逃走してたんじゃないのか?もしかしたらルロトスの兵から攻撃を仕掛けて挑発し逃走を留めようとしている可能性がある。


 このまま北上させたら時間と資金をかけて手傷を負わせた魔狼討伐の手柄を魔術都市カウイェルヤッハ側に譲る事になるからだ。


 これを聞いて三頭商会はこの砦跡の避難用地下壕で様子見を選択。デノース達だけで先に行く事は構わないとなった。

 しかしニカベル商会が連れていた貴族が旅程の遅れを嫌がったそうだ。


 これがきっかけで「ここに残るよりもあと少しで到着する魔術都市カウイェルヤッハのほうが安全ではないのか?」「いやいや、大商隊では動きが遅くなるぞ」と話が続いてしまった。


 議論が長引けばここに残るという選択肢しか選べなくなってしまう訳で、そうなる前にナジャンテが進むと残るの二班分けを提唱して話をまとめたそうだ。


「ええ、ええ。実はですね、私共の馬車に魔樹を植えた鉢がありましてね。夜中にその葉を揺らし続けていたのです。この砦の中で、ですよ。リコリス嬢の従魔も何か感じ取ったそうですのでこれは偶然ではないかと」


 リコリスが従魔として私を紹介した時に植物型の従魔として理解を示してしたけれど、連れていたのか。魔樹って優秀だなあ。私なんて何も感じ取れなかったのに。


 デノースとユディルの馬車が到着すると積荷の一部、主に金属製の武具を降ろす。ニカベル商会と話をつけてそこそこの値段で売り付けたようだ。車体を軽くさせた馬車と共に北門に向かう。


 北門に集まった馬車はニカベル商会が2台、フラウバッサ大商会とウェルベドット貴商会が1台ずつ、デノースの馬車が2台とユディルの荷車で計7台。三頭商会以外の商会はこの砦跡に残って様子見を選んだようだ。


 夜中なので号令もなく静かに出発する。ヤタナシベリが手を振り見送る。本人は一緒に行きたそうだったけど大商隊の本隊は残留側らしく残る事になった。

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