第7話
――「お前はあの日、誰かと喋っていたよな? 店には俺しか居なかったのに、誰と何の話をしていたんだ? あの時は聞かなかったが、今ここまで言わせておいて、まさか気のせいだとは言わないよなぁ」
俯くことは、出来ない。
何故なら座る僕の膝に、包帯の巻かれた小さな手を置きこちらを見上げる女の子が、左眼に淡く映っているから。
「き、着物姿の……」
「ああ、続けて」
「着物姿の男性に……君ならあの茶箪笥を買うかと聞かれて」
「……聞かれて?」
「僕だったら違うのにする、と……」
「ふうん。なんで?」
「……あ、脚が。切られた……膝から下の脚が乗ってたのが視えたんです」
その一瞬に、膝から身を乗り出し目と鼻の先で、僕の顔をギョロりと覗き込むようにしていた女の子と眼が合う。逸らしたくも、間に合わなかった。
視えていると、気付かれてしまった……。
「凄い汗だな」
その声で、はっと我に返る。
ぎっと鳴る、ソファの軋む音が聞こえた、と思う間もなく今度は別の美しい捕食者に捉えられた僕は、またしても一切の動きを封じられる。ソファへと体重を預け、獲物となった動けない僕へ向かって伸ばしたもう片方の
「そんなに震えるな。汗が落ちる」
言って、すっと視線を上げた
「あーあ、コレまた随分と。でも残念……
「……っな、何でソコに
「ありゃ重度のブラコンだろうが。いや……末期の、かな」
気づいてんだろ? と、にやりと笑う
その言葉に、僕も慌てて立ち上がる。
あんなものを聴いた後では、腹なんて少しも減ってはいなかった。しかし、どうにかして部屋を出ることだけを考えていた僕は、喜んで
何よりこれ以上は、この部屋に居ることに耐えられそうになかったからだ。
心の中で謝りながら、僕の脚に纏わりつく小さな手を無視して、先に歩き出した
「ははッ。ホント、お前と居ると飽きないよ」
僕の後ろに何もついて来ていないのを確認しながら「
……外へ出た途端、猛烈な眩しさと暑さに襲われ僕は思わず腕で庇を作る。
横を見れば、暑さなど少しも感じていないような涼しげな
こういう時にはいつも、
背が高く、均整の取れたすらりとした細い肢体に隠れたしなやかな筋肉、透き通るような陶器に似た肌の怜悧な顔に背筋も凍るほど冷酷な目元、仰月型の唇から放たれる涼やかな低い声は、粗暴な言葉遣いも皮肉も魅力的に映った。同時に獲物を狙い定める人間が持つ特有の色気を撒き散らす。
そんな
それ故にだろうか、こうして
「いつもの蕎麦屋で、良いよな」
ぶらぶらと歩きながら、
「で、何が視えたんだ」
それまで黙って向かい合っていた癖に、頼んだ物が揃って箸を進めて暫くした後、
「……
「じゃあ、いつ聞くんだよ」
「食べる前でなければ……食べ終わった後
、とか?」
「……はッ。そこに何の違いがあるのか俺には、さっぱり分からないな」
「食べている時ぐらいは美味しく食べたい、と言いますか」
「馬鹿ばかしい。そんなもん食ってて何言うかと思えば、前と後とで味なんて変わるかよ」
そんなもん、と言う時に僕のざる蕎麦を顎で指した
「……女の子ですよ。凄く小さくて。手の欠けた指には汚れた包帯が巻かれた、ね」
「それから?」
「髪は、悪戯に
言いながら僕は、箸を下ろす。
「首にも包帯が巻かれています」
「ふうん」
話を聞きながら、さっさと食べ終えた
「蕎麦、食わないのか?」
「……ていうか、良く食べられますね」
運ばれて来たお茶の入った湯呑みに口を付けながら
「別に、そんなんで食えないとか、
「何ですか、それ。そういうところって。
「だから、そういうところだな」
人の気にもなって欲しい、と思いながら僕は、
「……よし、決めた。あのカセットテープを持っていた人物の家へ行ってみるか。何しろそんな女の子が視えたんだから、お前も気になるだろ?」
「……や、勘弁してくださいってのが正直なところなんですけど、
「分かっていて聞くとか、お前はホント可愛い奴だよな」
機嫌良く笑う
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