第3話
「これを見てくれ」
上り
さあ、どうだと言わんばかりに得意げな様子で僕に見せたのは、一度水分を含み汚らしくひしゃげた段ボール箱とそこに入った溢れ返る録音済みと見られるカセットテープとやらである。
「……何なんですか?」
「コレが分からないのか。カセットテープだ。このコンパクトカセットと呼ばれるケースに入っている磁気テープに、一定速度で摺動させることにより信号を記録す……」
「ご心配なく、ソレは分かっています。……いや分かっているのは、その仕組みじゃなくて、カセットテープが何かを録音したり再生出来たりするモノだって事くらいは、僕にだって分かっていますってことですよ」
「聞きたいのは、コレをどうやって入手したのか、その経路とコレをどうするのかって事です。嬉々として売り物になりそうもないモノを買い取り、すぐさま僕を呼び付けた訳が聞きたいんですよ。いったい何なんですか、とね」
「いち従業員が、生意気にも雇い主であるこの俺に楯突くとはなぁ」
「ご心配なく。いつクビにして貰っても構わない仕方なく勤めている一個人の、単なる意見ですから」
最初にこの店に足を踏み入れたあの日、僕が大学に入学したばかりの両親が亡くなって間もない鳴かず飛ばずの小説家で、さらには妹が居ることまで強引に聞き出した
そうして僕は、まんまと
「まあまあ、そんなに言うな。同業者から譲り受けたんだよ。その人から見せてもらった古物台帳に拠れば、先ごろ孤独死した叔父の遺品とやらの、ほぼガラクタんなかにあったモノらしい。なんと、コレを押し付ける代わりに一緒に年代モノのウォークマンも譲ってくれたんだ」
これは売り物になる。
そう言って段ボールの天辺から取り出したのは使用感の半端ない
「……結果、押し付けられてるじゃないですか」
「そうか? しかしこの古道具屋『
「そんなの習わしって言いませんよ。でも嬉々としている理由は、タダで手に入れたからって、違いますよね?」
「それこそ
「どこ一つ取っても、それ褒めてませんよ」
僕の言葉に
スタンドカラーの白いシャツの袖を片方ずつ捲り上げながら、
「これ、だ。これにしよう」
「聴くのは良いですけど、どうやって?」
「何を言うんだ。目の前にお
「これ使うんですか? やだなぁって、言ったらどうします?」
「俺が使って、使えたんだ。お前が使えない筈はない」
「まあ、それもまた真理ではありますが……ってもう使ったんですね」
「動くかどうか、確かめたんだ。そうしたら、どうだこのカセットテープの中には……あーいやいやいや。話す前に聴いた方が早い」
垢汚れた玩具みたいなヘッドホンを、指で摘むようにして嫌々受け取ると、カセットテープをセットする
最大音量にすれば、直接両耳に着けなくとも聴こえると踏んだのである。
「何考えている?」
「コレをぴったりと耳に着けるのだけは、勘弁してください」
はっと鼻で笑う
「歳下だからといって、そうやって可愛らしく笑えば何でも許されると思うなよ」
見慣れているとはいえ、その恐ろしいまでに美しく整った顔が、均整のとれたしなやかな肢体が、すぐ傍にあることに思わず緊張し、微かに腕が震えた。
しかし本当に恐ろしいのは、その眼だ。
近寄ってきた
「……
「鼻が良いな。いや……違う。明け方まで女と会ってたからかな」
「また、そうやって……」
「
「いつか刺されても知りませんよ」
「その前に、俺が殺すよ」
「また……貴方って人は」
「おい、再生を始めるからな」
カチッと固い音がする。
そうして聴こえてきたのは――。
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