第14話 その後 伊藤くん1
夜11時過ぎ。
バイトが終わり家へ帰ると…。玄関には二足の靴が並んでいた。上原のものと、白井のもの。
明かりは点いているが部屋の中が静まり返っているので、寝ているのかと思い足音を立てずにそろそろ歩く。
リビング隔てた間仕切りの向こう、ひとつの布団で上原と白井はすやすや寝ていた。ひとつの布団で寄り添って寝ていても、そこには何も変な意味は存在していない。家族が一緒に寝てるだけ。俺は二人を見てそう思うし、二人もそういう感覚しかないだろう。
寝ている二人を起こさないように、静かにキッチンへ。
コンロに置かれてる鍋。蓋を開けてみると、カレーだった。引っ越しして一緒に住むようになってから、上原はまめに料理を作るようになった。
実家にいるころ、料理を作ったことは全くなかったそうだが…。上原に無理をさせているんじゃないだろうかと、ふと不安になる。
そんなことを思い、少しだけボンヤリしていたら。
「おかえり」
いつの間にか上原が俺の背後にいた。
そして、小さい欠伸をかみ殺し、コンロの前の俺を押しのけようとした。だけど俺は動かされまいと足に力を入れる。
「ただいま。寝てていいよ。メシ食って風呂入ったら俺もすぐに寝るから」
そう言って上原を押し返そうとしたが、上原は俺に近づいてスンスンと匂いを嗅いだ。
「一日の終わりの、この匂いも好きだけどね。お風呂入ったあとの匂いも好きだからお風呂入ってきて。その間に温めなおしておく」
そんなことを言われては従うしかない。コンロの前を上原に譲ると、上原が俺にもう一言。
「静かにお風呂入ってね。よく寝てるから」
視線で示すその先。間仕切りの向こうの白井。俺たちは『家族』だなと、しみじみ思う。
風呂から上がって、用意されたカレーの前に座るより先。リビング通りすぎて、間仕切り向こうの部屋の奥。寝ている白井を覗き込んだ。
「本当によく寝てるなあ」
頬をつんつんしてみるが、全く起きる気配もない。そんな俺を、上原が小声で怒る。
「寝てるんだから起こしちゃダメだって。早くカレー食べなよ」
上原に引っ張られてテーブルにつく。俺にひとりで食事させないよう、上原もテーブルについて今日のことをいろいろ話してくれた。
「今日ね。二人でボウリングに行ってきたんだ。それで白井は疲れちゃったんだと思う」
「そうか。楽しかったか?」
何か面白いことがあったのか、上原は思い出し笑いするように顔を緩ませた。
「うん。今度は三人で行こう」
上原はボウリングのあと、料理も作ってくれたんだよな。
一応料理当番を決めてるけど、疲れたときまで頑張らなくていい。そう言いたい気持ちもあるけど、上原の頑張りを無下にするようで言えない。代わりに、カレーに関してどうでもいいことを言ってしまった。
「カレー、鶏肉だな」
なんとなく出た言葉だったが、上原は律儀に答える。
「白井が鶏肉がいいって言うから。伊藤は牛肉のカレーがいい?今度はそうするよ」
そこまで言って、上原がふっと微笑む。何か笑うことがあったかと思い訝しげに上原を見ると、微笑んだまま言葉を続けた。
「不思議だね。俺はまだまだ、伊藤のこと知らない」
前世で夫婦で、今もこうして一緒にいる。
「俺もまだまだ上原のことを知らない。明日は俺が晩ご飯係だよな。何を食べたい?教えて」
俺は真面目にそう聞いたが、上原は呆れたように笑った。
「もう。今言われても何も思い浮かばないよ」
上原は無理してるかもしれない。だけどそれは悪いことじゃない。
俺も上原のために、上原と白井のために、少し無理をする。料理含めた家事も、大学生活も、バイトも。まだ慣れないことばっかりだけど、上原と白井のために少し無理しても何かをしたいと思うんだ。
それはきっと、上原も同じなんだろう。
布団をもう一組敷いて、白井を真ん中に川の字。
「おやすみ」
白井の寝息を確認したあと、そっと上原におやすみのキス。
いびつな関係かもしれないけど、俺たちの三人の関係はずっと続いていってほしい。前世の分まで。
ここで待ってる のず @nozu12nao
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