後編


 


 少女は私にとって、奇跡のように美しい人だった。いや、彼女は人ではないから、美しい鬼と表現できるのだろう。


 とにかく私は、一寸先に少女の血の通っていないような真っ白な顔があることに驚きを隠せない。


「お兄さま、いいんですか? 本当に私はアナタを食らってしまいますよ」


 再度の確認ということか、私は静かに頷く。そうして、


「頼むよ、俺はこうして人生の終焉を迎えることに奇妙な喜びさえ感じるんだ」


 と、私は囁いた。


 私はもうどうでもよかった。食われる側の人間として、美しい鬼に首筋からパクリと齧られて殺される程、幸せなことは無いと思った。


「……お兄さま、ああ、お兄さま。私はアナタさまを心から愛します。その清らかな血肉を、私にお恵みくださる。その澄んだ赤黒い肉片を、お恵みくださる」


 すると少女は、そう言って私に抱きついてきたのだ。


 少女は鬼だと言うのに、その身体からはお香のような匂いが漂ってきて、私の肺に吸い込まれ、全身を巡る。


 これから食い殺されるというのに、私は奇妙な喜びを感じていた。性的な恍惚感に近かったのかもしれない。


 辺りは薄暗くなっている。そのせいで少女の顔立ちが、なんだがいっそう艶かしくなっている気がする。


 彼女は人ではないのだ。人ではない…………異形だからこそ、私は食い殺されるのだし、人ではないからこそ、より一層の興奮が私を捉えて離さないのだ。


「お兄さま、さっそく始めてもよろしいですか?」


 優しく問いかける彼女の瞳は真っ黒で、その眼差しを向けられた私にも、少女という華奢な肉体の甘い死の影が迫ってきた。


 直後に私の首筋に痛みがほとばしった。少女の小さな口が、私をさっそく捉えたのだった。


「お兄さま、お兄さまの血は、優しい味がしますね」


 血が出ている。私の首から、鮮血が溢れ出している。あぁ、痛みというものは、なんと美しいのだろうか。


 魂が千切れるほどの、激しい痛み。死が迫り来るその果てしない壮絶な痛みの中で、私の脳内麻薬は、あり得ないような分泌量を記録した。


「あ、お兄さま。震えていますよ?」


 優しい声だった。なんと恐ろしい声なのだろう。


「このまま続けてしまいますね。もう、離しませんから、お兄さまも…………私を強く抱いて」

 と少女は言う。


 束の間、私の脳内に閃光が走った。


「私の肉は旨いかね。君のそれも、チョッと頂いても構わないかい?」


 返事がどうであれ、続けるつもりだった。



「ええ、いいですとも」


 幼い少女は、白い服の襟元を捲って、自分の首筋を差し出した。私は必死でそれにかじりついた。


 鉄の味が広がったことに、私は感動したのだ。


「あぁ、お兄さま。なんて力がお強いのでしょう。私は嬉しい。嬉しい。ほんとうに嬉しいです。あぁ、お兄さま」



 私に首筋を抉られたことで、少女は感極まったのだ。私の血肉を貪る少女の蠕動ぜんどうが、激しさを増した。


 少女に食われ、私の命は尽きるのだ。


 視界の隅に、健気に咲いたラベンダーの花が見えた。


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鬼女を食らう あきたけ @Akitake

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