鬼女を食らう
あきたけ
前編
うす暗い森の中で太陽の陽が沈めば、この場所はもう暗闇の中だった。
五月雨が上がって、土の匂いが空中に散乱しているので、息をする度に、肺の中が湿っぽくなる気分がするのだ。
この道には、鬼が出る。
という噂話を小耳に挟んだ。
どうやらこの森の中というのは、町では有名な鬼の通り道になっているらしく、昼間でも町の人々は滅多に近寄らない。
ところが、こうして私が夜道をたった一人で歩いているのは単に道に迷ったからという訳ではなく、
「お兄さま、お兄さま、どうか私を助けてくださいまし」
か弱い少女の声が、どこからか響いて来るのだが、このような鬱蒼とした暗い森のなかで、少女がたった一人いるのはおかしいのだ。
加えて、その助けを求める声は、どこか不気味さがあった。心の底を抉るような、なんとも言えない奇妙な声色だった。
私は確信した。少女は鬼である。可憐で幼い少女を気取りながら、通行人を喰うのである。
ふと脇を見ると、もう少女の影は迫っていた。小さな足が木の葉を踏む音が、私に近づいてくる。
これは逃げ切れないな、と思った。
その予想は的中した。
木の影から、幼い少女が現れたのだ。薄手の白いワンピースを着ていて、背は小さかったが、瞳は真っ黒だった。
ただ、足には何も履いていなかった。素足が木の葉を踏むときの軽い音は、私にとって奇妙な癒しをも感じさせた。
その色の無いような、血の通っていないような、純白の少女の素足と、指先と、そしてその儚い顔の表情は私の心を充分に惹き付けて離さないものだった。
「お兄さま、お兄さま、どうか私を助けてくださいまし」
今度は私の目を見つめながら、すがるように語りかけて来るのだ!
私はどうしようもない。もう私の心は、少女に奪われてしまったのだ。胸の鼓動が危険な快楽となって全身を駆け巡り、淡い純情な恋心として、全身に打ち出されている。
しかし少女は鬼である。
村の住人たちから恐れられている残虐な鬼である。そして鬼は、人を食うのである。
だがしかし私は、もう腹をくくった。この鬼になら食われても構わない。
この美しい鬼になら、私の魂などいくら捧げても構わない。そう心に誓ったのだった。
「お嬢さん、実は鬼でしょう」
と私は少女に向かって、そっと話しかけた。
答えは当然分かっていた。この少女は、きっと本当のことを話す。
「あら、お兄さま。よくご存じでしたね」
ほら来た。と私は確信した。
しかそのあどけない声は、私の欲求を深く刺激した。つまるところ、私は彼女に食われたい。
私の身を、血肉を、この少女に捧げたい。そうして、私もこの少女の首筋に遠慮なくガブリとかじりつき、鬼の血を吸いたいと心の底から思った。
「お嬢さんは、人を食うのですか?」
私はあえて詮索するように少女に問いかけた。
「ええ、私は人を食います。もちろん貴方も」
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