第4話

大昔から森の奥には、一人の魔女が住んでいるという噂があった。


その魔女は屋敷の周囲に生えた木々を操って人間を自分から遠ざけて、完全に人間社会から隔離した場所で生活いたらしい。


森で迷子になった子供や猟師が噂の出どころだった。


なんと彼らは、魔女を実際に見たというのである。


これはかなり厄介なことだ。


噂を聞きつけた政府は直ぐに魔女討伐計画を練り始めた。


魔女は絶滅したとされている今、兵士の教育に戦う相手を魔女と想定されたものは組み込まれていない。


魔女の力は偉大である。慎重に事を進めなくてはならず、しっかりカリキュラムを組んで兵を教育するのにかなりの時間がかかっていた。


しかし数年前から、魔女の噂がピタリと消えた。


不審に思った政府は今回、厳しい対魔女の訓練を受けた我々調査隊を召集し、早速魔女の森に送り出したのである。




──────


古い木の床がギシリと音を立てた。


古ぼけた屋敷をあちこちで調査員が慎重な足取りで、ホコリ一つ見逃さないといった気迫で歩き回っている。


調理場には出しっぱなしの鍋と包丁、倉庫には大量の原木、ベッドルーム、風呂場、そして床下の部屋には一つの中身がない棺が見つかった。


生活感のあるものが散らばっているが、屋敷からは人っ子一人現れない。


それにこの古ぼけた様子を見るに、屋敷の持ち主はとうの昔にいなくなったと推測するべきだろう。


一人の調査員が、本棚がたくさんある部屋を見つけた。


びっしりと敷き詰められた本が異様な威圧感を醸し出していて、不気味である。


部屋の雰囲気はどことなく陰気で気味が悪い。


調査員も眉をしかめるほどであり、開け放たれた窓から漏れる陽気な白い光が唯一の救いのように思えた。


ひらり、ひらりとカーテンが風に揺れる。


部屋の片隅にはベッドと、その隣に本が大量に乗せられた机が置かれている。


その大量の本の中で一冊だけ開いた状態で放置されているのが見えた。


近づいてみてみると、何らかの走り書きが記されているノートであることがわかる。


周りの書物は魔女を題材としたものが多かった。


このノートの持ち主は、魔女について調べていたのだろうか。


調査員は手に持っているライトを使いながら、そのミミズのように汚い文字を読み始めた。




・魔女の寿命は1000年ぴったりの間である。


・魔女はいくら歳をとっても見た目が若い姿をしている。


・いつから魔女が存在していたのかはまだ分かっていない。


・古代から行われ続けた魔女狩りにより、魔女は絶滅してしまっただろうと考えられる。


・しかし、魔女が不思議な力を使ってどこかに身を隠している可能性は十分あるものである。


・寿命で死を迎えるときの様子...死期が近づくと、眼、耳、腕、脚、と身体の能力が次々と失われていき、一番最後に心臓の機能が止まる。まるで一気に年をとっているかのように短い間でこれらの事は起こるらしい。稀に、酷い風邪症状を出す者もいる。


・魔女の寿命を延ばす方法は、無い。


【日記】


○月☓日 魔女の目が、見えなくなったらしい。まさか、彼女の死期が近いと言うことなのか。いや、そんなことがあるはずない。きっと魔法の実験に失敗しただけだろう。けれど念の為に魔女について調べて見ようと思った。


○月▲日 魔女が咳をしていた。風邪を引いたのだろうか。


○月□日 魔女が、足を動かし難そうにしながら廊下を歩いているところを見てしまった。僕が見ていることに気づくと、平気そうな振りをされて誤魔化された。ここまで見てしまったら、もう認めざるを得ない。


○月▽日 彼女が、腕が痛いと言っていた。


○月●日 魔女がとても体調が悪そうにしていた。僕も連日魔女について調べて疲れていたため、禄に看病することができなかった。


○月◇日 比較的元気そうに見える。やけに僕に優しい彼女の様子が気にかかった。


○月☓☓ 彼女が眠ったまま目を覚まさない。心臓は、動いているはずなのに。


…………


●月□日


僕はまだ彼女を助けることを諦めていない。


できることならば、あの小さな魔女と一緒にこの先も生きていきたいと思っている。


たとえ、自分が人間でなくなったとしてもだ。


文字や家事、生きる為の術は全て彼女に教えてもらった。


ずっと昔からの恩を返したい。だから、人間の村に帰らずここに留まることに決めた。


ずっと一人だった彼女にもっと人の温かさを教えてあげたいと思った。


そのためにははやく、早くなんとかして彼女が尽きないようにしなければならない。


僕は、絶対に、諦めたくない。


けれど  もしもその時が来てしまったとき。


僕よりも彼女が早く永遠の眠りについたとき、


そのときは─────────


ここで文章は途切れている。


突然、強い風が吹いてノートのページがパラパラと捲られた。ふと風がやんだときに開かれたページには、汚い殴り書きが一行並んでいた。哀しみと慈しみに溢れる文字が薄暗い部屋の中でポツンと佇んでいる。






○月▲□日 今日もいい日だった

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あの小さな魔女と眠りに落ちよう kiruki @morrismrkillkillki

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