第5話 心の影と少女の覚悟

 僕を真っ直ぐに見やるその幼い女の子は、自分の背丈ほどもある粗末な杖を立て、勇ましく仁王立ちしていた。


「やっと見付けました。こんな所に居たんですね」


 僕を探していたのだろうか。それとも──?


「ぼ、僕は怪物じゃない……よ?」


 我ながらとぼけたことを口走ったと思う。


「当たり前です!怪物と見間違ってたまりますかっ!」


 僕の間抜けな発言に、女の子はぷりぷりと怒りながらこちらに歩いてくる。


「ここに怪物が居ると聞いてやって来たんです。ここに来るまで時間が掛かってしまいましたが──あれ?」


 崩れた洞窟の入り口を見て、女の子が目を丸くする。


「えっと……もしかして、終わりました?」


「……うん、終わりました」


 思わず同じような口調で返すと、女の子はへなへなとそこに崩れ落ちた。


「そ、そんなぁ……道に散々迷って、やっとここまで来たのに……」


「えっと……ごめんね?」


 何がごめんなのかは分からないけど、とりあえず謝った。


「い、いえ……お気になさらず……ところで、えっと……お兄さん?」


「あ、うん。何かな」


 何だろう、何処か引っ掛かる訊ね方をされた気がした。


「もしかして、とても強い魔術師ではありませんか?」


「……えっと、強いかは分からないけど、魔力の多さだけなら自信はあるよ」


「やっぱり!もしかして、勇者様のご一行の方ですか!?」


 嬉しそうな声で彼女はそう聞いてきた。どうしよう。僕はもう勇騎士隊の一員ではないのだ。


「元、だよ。僕は事情があって帰るところなんだ」


 少し悩んだが、正直に返した。


「君は、勇騎士隊に何か用があるのかい?」


 気になって聞いてみる。立ち入った話かもしれないが、何か力になれればと思った。


「いえ、私が用があるのは勇者様と共に行動していらっしゃるという賢者様です」


 ──賢者。勇騎士隊でそう呼ばれて居るのは僕以外に居ない。僕は別に賢い訳でも何でもない、単なる一介の魔術師に過ぎないのだけど。何故そう呼ばれているのかも正直疑問だった。


「その人に何かあるのかい?よければ、勇騎士隊宛てに手紙を書くけど」


 僕の言葉に女の子は少しの間沈黙し、僕の全身を何か確認するかのように見た後。


「……あなたが、賢者様ですね?」


 ……見抜かれた?いや、まさか。多少強力な防具を身に付けてはいるが、上から大きめの服を着て尚且つマントで隠れているのだ。おまけに夜の闇で確認なんて出来る筈もない。


「どうして、そう思うんだい?」


「魔力です。貴方の中に流れる強い魔力を見れば分かります」


「魔力の流れが、見える……!?」


 僕は耳を疑った。人間は自身の中にある魔力の量を感覚で理解出来ているものだ。しかし、他人の魔力を見ることが出来る人間なんて聞いたことが無い。


「……君は一体、何者なんだい?」


「私の質問に答えてもらってません。貴方は賢者様ですか?」


 妙に強い気迫に圧されて言葉に詰まりそうになったが、何とか返事をする。


「確かに、皆からはそう呼ばれていたよ。でも僕は賢者と呼ばれるような人物じゃないんだ」


「つまり、私が探していた人で間違いはないということですね」


 女の子は納得すると、脚が汚れるのも構わずそこに正座をした。


「初めまして、賢者様。私はルカと言います」


「ルカ?えっと、失礼かもしれないけど、君は女の子でいいんだよね?」


「はい、私はれっきとした女ですよ?」


 女の子──ルカは小首を傾げなからハッキリとそう言った。


 女の子なのに男の名前を名付ける、と言うのは地方によっては魔除け的な意味で使われているという話を聞いたことがある。この子はその辺りの地方から来たのだろうか。


「次は、さっきの僕の質問に答えてもらってもいいかな」


「はい、何でもご質問下さい」


「君は本当に、他の人の魔力が見えるのかい?」


「はい。これは生まれつき私が持っているもので、魔力を持つものは色が付いて見えます」


「……ふむ。あともうひとつ聞かせて。君は何故僕を探していたんだい?」


 僕の問いに、彼女はうつむき拳を握る。


 後ろめたいことがあるという雰囲気ではない。でも話すのを躊躇ためらう様子があった。


 こういうときは助け船を出すことにしよう。もしかしたら話しやすくなるかもしれない。


「大丈夫だよ、僕は君の理由を笑ったりなんてしない。よければ、話してくれると嬉しいな」


 しばしの沈黙が流れる。空と森はすっかり闇夜に染まり、風すらも無い。一番よく聞こえるのは自身の呼吸する音だ。


「……ある人を、懲らしめるために、魔法を習いたいんです」


 彼女はそう言った。


「ある人、かい?」


「悪いことをした人が居ます。私はその人に、こんなことは間違っていると言いました。ですが、その人は聞いてはくれませんでした。沢山の人を傷付けたあの人を、私はどうしても許すことは出来ません」


 ルカはきっと賢い子なのだろう。自分の持つ言葉だけで、そこから更に言葉を選んで話しているようだった。


「魔法というのは、相手を傷付けるために生まれたものなんだ。君が魔法を誰かを懲らしめるために習いたいということは、魔法をその人に向けるということだ。少しでも間違えれば、沢山の人の命を奪ってしまうかもしれない」


「……はい」


 僕の言葉にルカは力無く返事をする。叱られる子供のように、小さな体が更に小さく見えた。


「そうまでして君が懲らしめたい人というのは、どんな人なのかな」


 そう訊ねると、ルカは黙ってしまった。怒ってるつもりは無いんだけど怖がらせてしまったらしい。


「それは、僕や勇騎士隊が解決するのでは駄目なのかな?」


 そう僕は提案をした。しかし、ルカは首を横に振り、黙ったまま答えようとはしない。


 自分自身の手で解決したいと言うことなのだろう。そうまでして彼女が懲らしめたいという人は何者なんだろうか。


「……うん、分かった。君がどうしても言いたくないのならそれでいい。僕は君に魔法を教えよう」


「ほ、本当ですか?」


「うん。でも使い方もしっかりと学んでもらうよ。魔法は相手を殺すための武器だ。感情に任せて振り回すようなら、僕は君に罰を与えなければいけない」


「は、はい」


「あと、僕は故郷へ帰るところなんだ。つまり君が目的を果たすための目的地から離れる可能性が高い。転移魔法は僕の住む国の王城へ行かなければ使うことは出来ないし、その魔法にも制限がある」


 僕の言葉に、ルカは黙って続きを待つ。


「君は魔法をちゃんと使えるようになるまで、君が今抱えている問題を放置することになる。恐らく数年だ。それだけの覚悟と時間の余裕はあるかい?」


「……あります!」


 腹は決まっているようだ。


 僕はこの時、人道にもとる気持ちが心の中にあった。


 魔法を教え、問題が解決したら。


 ──魔王の討伐隊の一人として、彼女を合流させようと。

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ある魔術師の帰路 不佞 @ShootBow

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