第4話 怪物退治

 やがて日は暮れ、青色がその色を深めてオレンジを押し流し闇に染まり始める頃。


 そろそろ怪物が外に出てくるかもしれないと思い、僕はすべての爆薬を繋いだ紐を手に握りしめ、身を潜めていた。


 空のオレンジが完全に消え、夜の闇が世界を包み込んだとき、それはのそのそと現れた。


(あれが、洞窟の怪物……)


 胴体は、まるで熊をそのまま巨大化させたようだった。暗いため色は分からないが、毛に覆われている。


 蜘蛛のような節足動物に似た八本の手足は、関節部分以外は同じように毛が生えており、先端はすべて、人の手のような形をしていた。


 そして、その胴体には頭部は無く、身体が直接開くかのような、横に裂けた巨大な口。人間どころか馬だって一呑みに出来そうだ。


 怪物。


 魔族が現れる以前からこの世界に存在していた、動植物とは違う生態をした存在。


 学者の研究によると、基本的には雑食ではあるが、魔力を養分として生きる生物であるため、主に潜在的に貯めこまれる魔力の強い人間種族を獲物とするらしい。


 怪物は魔族であろうと平気で襲いかかるため、どちらの勢力から見ても面倒な相手だ。


(学んだことを、学んだ通りに……)


 日暮れ前に出来た3つの仕掛け。僕はまず、煙幕を繋いだ紐に魔力を通した。


 洞窟の入り口を囲うように地面に隠した煙幕弾が破裂し、煙が勢いよく噴き出す。


 怪物はそれに驚き、洞窟内へと後ずさりした。


(よし!上手くいってくれ……)


 次に、僕はそこに閃光爆弾を放り投げる。


 怪物に目があるかは分からない。しかし音は大きいから効果はあるだろう。


 耳を塞ぎ、目を閉じ、口を開ける。


 甲高い爆発音は耳を塞いでいても突き刺さるように響き、その光は背を向けて固く閉じた目蓋さえ貫くような眩しさだった。


 怪物が悲鳴のような鳴き声を上げ、じたばたする音が聞こえた。


 光が収まった頃、煙の中に居る怪物の方向を見るとパニックを起こして痙攣しているようだった。


(くっ、そう上手くはいかないか……)


 驚かせて洞窟内へと追いやるつもりだったが、失敗したらしい。


 煙幕弾からの噴出も収まった。煙が晴れる頃には怪物も動き出してしまうだろう。


 あまりやりたくはないが、これ以外に思い付く方法は無い。


 煙が薄れてきたところで、僕は洞窟へと飛び込んだ。


「こっちだ!お前の好きだ餌はここに居るぞ!」


 洞窟の中から叫び、怪物を呼ぶ。


 怪物はそれに気付くと、よろよろとしながらも向きを変え、こちらに歩いてきた。


「こっちだ、こっちだ!」


 怪物が目標の地点まで来れば、何とか出来る。そう信じて、やるしかない。


 僕は足音をわざと大きく立てながら、怪物を誘導する。こちらの狙い通り、怪物は中に戻ってきた。


「さあ、僕はここだ!」


 こんな狭い通路だ。いちかばちか、賭けるしかない。


 僕は最後の閃光爆弾を取り出し、怪物の目の前に放り投げた。


 こんな状況だ、この距離では下手に背を向けられない。でも、光を防がなければ機会を失う。ああ、もう一本手があればマントで隠すくらいは出来たのだけど──。


 そして僕は、諦めて片目だけを固く瞑った。耳を塞ぎ、口を開ける。


 閃光爆弾が弾け、劈くような音が洞窟中に鳴り響く。


 目が灼かれるような眩しさに意識がぼうっとしてくるが、必死に堪える。


 光が収まり、閉じていた片目を開くと、怪物は反響によって先程より大きくなった音でダウンしていた。


(今だ!)


 僕は怪物の毛を掴んで乗り越え反対側へ下りると、少し距離をとり、落ちているはずの紐を地面を左右に擦るように蹴りながら探す。


 見付けた紐を手にし、魔力を送り込む。


「頼む……!」


 そして、爆弾は爆発を起こし、天井が崩れ出す。


 怪物はその叫びと共に、崩れた天井の下敷きになったのだった。




 洞窟からふらふらしながら出た僕は、まず残った紐に魔力を送り込み、洞窟の入り口も爆破して塞いだ。


 これでもう怪物が出てくることも無いだろう。


 まだ片目の視力は戻らないが、目が見えるようになってきたら町に戻ろう。


「やっと見付けました!」


「え?」


 腰を下ろした僕の耳に届いたその声。


 周囲を軽く見渡すと、そこに声の主と思われる人影を見付けた。


 小さな、女の子……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る