Retrace:Ⅲ -Housekeeper-
「とにかく、二人で暮らすと言っても金が必要だ。セドナは何か仕事のツテとかはあるのか?」
まだ涙の跡が残ってるセドナに向けてあんまり話題にすべきで無い事柄だが。生憎俺は一刻も早くまとまった金が必要だったから躊躇せず言った。流石にヒモってのはしたくないしな。
「えっ‥?仕事のツテ?」
「私にはそういうのは無いけどこれなら‥」
と、セドナが着ている白いワンピースにある大きなポケットから、ある大きな麻袋を差し出してくれた。
「こ‥これくらいなら‥大丈夫なのかな‥」
俺は、その差し出された麻袋を開けると‥、何と中には1万ポンド位の紙幣が入っていた。
「HA!?」
俺は5秒位思考停止状態に陥った。こんな大金なんて貴族サマや大商人しかこんなポンと出せる奴はいないからだ。
「こんな金何処で手に入れたんだ!?」
俺はこんな金の出処が気になって仕方が無かった。場合によっては警察からの逃亡生活になりかねないからだ。
「コレはね、私が前仕えてた主人がこんな私に渡してくれたお金なの‥」
その主人の事を聞いてみたら、その主人はとても優しくて、カッコよくてしかも銃の名手らしい。こんな完璧超人なんているのかと思ったが、まぁ彼女の主観が入っているらしいしそこは無視しておこう。
「それでね、もし貴方が必要ならこのくらいのお金はいつも持っておいてって渡してくれたお金なの。どうせなら、助けてもらった貴方の為に使った方が良いかなって」
その話は眉唾物だがここは有り難く受け取っておこう。
「ありがとう、その主人ってのはよっぽど金持ちなんだな」
「えぇ、いつも私の為に仕事を一生懸命にやってくれるのよ」
主人の話題に入ると何故かセドナはニコニコと月の様に笑って楽しそうに話してくれる。
美人の笑顔だけでも見れただけ俺は幸せ者なのかもしれない。
しかし、その主人と言う奴はどんな仕事をしているのかが気になるが……今は口に出さないでおこう。
当分の金銭は奇しくも入手出来たから、俺の買いたい物を買おうとしよう
「‥とにかく、まずは服を買いたいのだが良いか?」
「うん!このお金は貴方の物だからね!!自由に使って欲しいな」
セドナも快く承諾してくれたので、セドナが教えてくれた近くの服屋に行く事にした。
裏路地を出ると、そこには沢山の車や人がごった返していた。
まず目につくのは車だ。一昔前は馬車が走っていたところに馬車によく似た自動車が通って行っている。車は主にフォード・モデルTやロンドンバスがダントツで多く、乗用車で財を成したフォードがいかにデカい企業か知ることができる。
交差点には警官が立っていて、交通整理を行っていた。かなり忙しそうで他人目から見ると、車と接触しそうで少しソワソワする。車がごった返す中にその渦中の渦の中に立った一人でそんな危険なことをする‥。スリルどころでは無いとは思う。
(俺はこういう仕事絶対やりたくねぇなぁ‥)
と心のなかでボヤいた。俺は安全に出世したいんだよ。
そんな中で、もっとも目を引くのが人々の豪華絢爛な服飾デザインだ。とにかく美しいものばっかりだ。そこら中が貴族の舞踏会かと思うくらいである。
そうなってくると、より俺の軽装過ぎるファッションが余計に目立って来て恥ずかしさがこの上ない。早く服を買いたいものだ。
「ここは、イギリス・ロンドンのワンズワースよ‥。近くには大きい刑務所がある事が有名だったはずよ‥。治安は……まぁまぁかな‥?」
このロンドンの街を知らない俺の為にセドナが説明してくれた。最後の治安については少しはぐらかした様な気がしたがまぁ構わないだろう……。
「それで、お目当ての服屋はどこにあるんだ?」
俺はワンズワースのデカイ道路を歩きながらセドナに聞いてみた。
「うーんとね‥、確かこの先にあった気がするんだけどな‥。」
セドナは少し辺りを探すような素振りをしたあと、
「あ!あったあった!あそこよ!!」
と40m先にある少し古びた店舗を見つけた。
【服飾店 レイス】と、少し洒落た斜体で書かれた看板が目を引く店だ。内装はとても古く、ノスタルジーな雰囲気を醸し出している。
そのせいか、大通りにあるのに奥まった感じがする。
「こんにちはー!」
とセドナが明るく挨拶をしながら店内に入ると、奥にあるカウンターから一人の老人が顔を出し「おお!セドナちゃんか!久しいのぅ」と俺達を温かく迎えてくれた。どうやらセドナの知り合いらしいが、俺はもちろん記憶は殆ど無いので俺の知り合いかどうかさえわからない。
とても快活な笑顔が似合う豪快な爺さんだ。デニム生地のオーバーオールに見を包み、下にはグレーのTシャツを着込んでいる。顔がとても大きく、威圧感が感じられるのだが、笑顔を絶やさないからか威圧感でさえむしろ好印象を与える。白くなった髪の真ん中には円形の禿げた頭がある。歳はどのくらいか分からないがかなりいっているのだろう。
「ジョージさん!今日はこの人に似合う服を選んで欲しいんだけど」
「おお!隣にいる男か……。もしかしてセドナちゃんのカノジョかね?」
「違うぞ」
この爺さん中々面白い冗談を言うじゃないか。少し気に入ってしまった。
だが、流石に俺は、セドナの彼氏じゃないしさっき出会ったばっかりだ。もちろん、セドナは困惑してるに…………してない。むしろ「えへへ〜」と照れているでは無いか。俺はこんな美女を好きにさせるような事は特にしていないはずだ。
「とにかく〜、せっかく服屋に来たんだから〜早く貴方の服買おうよ〜」
とすっかり上機嫌になったセドナに急かされて俺は紳士服が売ってあるコーナーを見た。
色々な紳士服がある中、俺は店の奥にある古びたベージュのチェスターフィールドコートと赤黒いネクタイ、白いシャツと黒の革靴が目についた。何故か、何故かは分からないがこの服は俺が着るべきなのだ。と俺の心の深奥が言っているような気がする。
それもそうだが、今の俺はセドナに金を貰っている、いわゆるヒモである。そんな俺が隣りにある貴族サマが来ていそうな豪華絢爛なスーツを着れるのかと言われればNOだ。もしかしたら彼女はOKしてくれるかもしれないが俺のプライドはそれを許さない。
俺は、その古びたコートを手に取りジョージという男にコートを見せて「コレを買う」と1言言って精算をしてもらう。
「見て見て〜!コレどうかな?」
とセドナが俺の元に駆け寄って来た。
初めに見たのは頭に付けられた純白のヘッドドレス。
そして、膝下まで伸ばした黒のワンピースの上にヘッドドレスと同じく純白のエプロン。腰辺りには2つの大きなポケットが付いていて、利便性も高そうだ。いわゆる
靴は黒のロングブーツで、編み込まれた黒い紐がアクセントを出している。
殆ど着ているものを変えているが唯一白の
いわゆるメイド服なる物だろうか。メイドとして働きたいならともかく、一般人はこんな服装はしないはずだしかも、わざわざ俺に向けていろんな魅せる様なポーズを取っているから余程気にしてほしいのだろうか。
(元々美しすぎるから、別に何のポーズも取らなくても良いのにな)という感想は黙っておく。
「中々美しいと思うぞ」
俺はそうぶっきらぼうに言ったつもりだが、セドナは少し頬を赤くして
「そう貴方に言ってもらうと……、何だかくすぐったいよ‥」
と嬉しそうに照れている。かわいい‥。
「イチャイチャしてる時に悪いと思うが、会計済ませてくんねぇか?」
「あっ、そうだね」
俺達は別にイチャイチャしてないと思うが、ジョージにはそう見えたのだろうか。
すぐに会計を済ませて店を出た。ジョージは、セドナと顔見知りなので特別に安くしてもらったらしい。たぶん総額4シリングもしないだろう、とセドナは言っていた。
その後、俺らは【服飾店 レイス】から徒歩8分程の場所にある古びた宿屋へと来た。
所々のヒビが目立つ赤いレンガが印象的な宿屋で、宿泊料金を見てみたら他より格安だった。古びた宿にしても安過ぎるので何か裏があるのか高を括ってたらセドナが
「ここは信用出来る宿屋だから安心だよ」
と俺の心を読んで言ってくれたので、俺は素直に従う事にした。
宿屋の入口のドアを開けると、古びた宿にしては明るい部屋がそこにあった。
約8平方メートルくらいのフロアにはランタンが天井にいくつもぶら下がってて明るい雰囲気を醸し出している。宿屋の主人は植物が好きなのかわからないが、あちこちに南国で生えていそうな植物がある。もちろん、俺は植物には無知だから種類まではわからないがな。絨毯は何とペルシャ絨毯らしきものを敷いており大変高級感が溢れている。よく見たら机もイスもアンティーク物で、ここの主人はよっぽど趣味が良いのだろうか。外からは古びた宿としか見えないがまさか中がこんなにも豪華だとは
部屋の左側にはこれまたアンティーク物の扉があった。
すると、カウンターの奥からゆっくりと妙齢の女性が出迎えてくれた。
「あら、いらっしゃい。【モーテル アリオン】へようこそ!あらあら、貴方達もしかしてカップルかしら?なら、二人部屋にしなきゃね」
「えぇ、それでお願いしますね」
と、セドナが勝手に二人部屋に決めてしまった。
「一人部屋は無いのか?」
と女将に尋ねてみたが、
「そんな部屋無いわよ〜、今は二人部屋しか無いからね〜」
と上手くはぐらかされた。
このまま言い合いになっても何にもならないので素直に二人部屋にした。
「毎度!!部屋の鍵はコレね」
とモーテルの女将はセドナに鍵を渡してくれた。見るからに凝ってそうな鍵にこれまた期待を裏切られた感じはした。
(何で外装以外は凄まじく豪華なんだよ…)
と思わず考えてしまった。
「食事がしたかったら左にある大きな扉に入ってね。簡素な食堂があるからね。食って後悔するような料理は出さないと断言するよ!ささ、今は朝食時だから食べるのをおすすめするよ!!」
と半ば強制的にだが勧められた。だが、その押しには叶わず
「わかった、案内を頼む」
と言ってしまった。そこまで勧めるものならそれだけ美味しいのだろう。
セドナも腹が減っていたのか「私も勿論食べるよ!」と喜んで応じてくれた。
そうして、俺達は【モーテル アリオン】で初めて?のマトモな食事をする事にした。
凶 -路地裏からの物語- トレアドール @Toreador
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