マーダー・リフレイン 2

 長ったらしい式典も、そわそわしながら「今日は寝違えました」とでも言うように窓の外ばかり眺めているクラスメートも、それに気付いていながら話を続ける教員も相変わらずだ。


 憎たらしいほどの快晴だ、この教室のほとんどの人間は何も考えずにすぐさま外へと飛び出して、無為だが充実した一日を過ごすのだろう。

 ゲームセンターにでも寄るか、カラオケにでも行くか、童心に帰ってサッカーでもするか、ファストフードやファミリーレストランでただお喋りに興じるか……どうあれ平和の一コマだ。


 まさかこのすぐ後に人が殺されると考える人間はこの場にいまい。


「あぁー……!」


 ひょうきんなクラスメートが大声を上げて伸びをした。ぼうっと窓の外を眺めていた道也は小さく肩をビクつかせ、そこで教員の話が終わったことを知った。

 我先にと教室の外へ出ていく人並に逆らうようにして、旭がこちらに歩いてくる。


「あのね、道也」



 言いづらそうにまごつく旭に心臓が跳ねる。この先が脳裏にフラッシュバックし、冷や汗が流れた。むくむくと腹の底で熱いものが膨れ上がっていくのを感じる。頭は熱いのに、全身の末端は凍えるほどに冷たい。


 その全てを後悔と自責で叩きのめし、道也は今朝と同じように薄く笑った。


「何か用事?」


「え? あ、えっと、うん」


「じゃあ、先に帰ってるよ。また明日。気をつけて。なるべく遅くならないようにね」


 これ以上何かを言う前に、捲し立てる。余りの話の早さに困惑したままの彼女に、ハサミを手渡して、おどけた態度でウインクをした。


「危ない目にあったら、迷わずこれで」


「な、何もしないよ! 危ないよ!」


「まあ、抵抗はしてね」


 くつくつと笑いながらその場を辞すが、彼女に背を向けた瞬間に笑みは解けて消えていった。


「しないったらー!」



 背にかけられた声は楽しげに弾んでいたが、道也の最後の言葉は無論のこと冗談ではない。

 勝手な言い分だが、自分が殺しにかかった時も、全力で抵抗して欲しかった。周りには他のクラスメートがいて、教員もいる。少し、ほんの少し耐えれば、彼女は生きていられたのに。



(でも、これで)



 凶器であるハサミは手放した。彼女から「あの言葉」を聞く前に離れることに成功した。


 あれがトリガーとなって正気を失うのなら、聞かなければいい。思い出すと今でも吐きそうになるほどの混沌とした感情が生まれるが、背負った十字架を思えば耐えられる。


 ずんと沈んでいた気持ちは、校舎を出ると徐々に霧散した。



(……良い天気だ)


 春の陽光と風が安堵感となって全身を包むような錯覚を覚えた。自然と足早になる。笑みがこぼれる。


 今ならなんでも出来そうな万能感をすら覚えた。

 スキップする彼の姿は、周囲には「春だからねえ」などと言われる変人の類としか言い様がなかったが、そんな事はどうでも良かった。



「ああ、良い天気だ!」



 帰宅した道也は、すぐに通学鞄を部屋に放り投げ、寝転びながら漫画を読み、意味もなくネットサーフィンをし、夕食を食べながら家族と団欒し、風呂に入り、清々しい気持ちで眠りに落ちた。


 明日も旭に会える。明日も旭が生きている。そう繰り返しながら。




 次に目を覚ました時、道也が視界に収めたのは、血の海に沈む旭の姿だった。

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