マーダー 5
再度、空気が固まったような奇妙な感覚があった。
冷淡な声に顔を上げれば、時の悪魔が、止まった世界で刑事に腰掛けている。
「殺さないなどとよくもほざいたものだ」
思いやりのない言葉に歯噛みする道也だが、反論出来るわけもない。
あれだけの言葉を並べ立て、奇跡や魔法としか言いようのない助けまで得て、成したのは一度目と何も変わらない無惨な殺人だ。
黙り込む道也を横目に悪魔は「まあどうでもいいがな」とひとりごちた。
「そら、もう一度だ」
「……え?」
悪魔の言葉に思わず顔を上げる。彼は相も変わらず尊大な態度で、道也を見下したままに小さく唇を開けた。
「何を惚けている。それとも先程の言葉はやはり嘘か?」
反射的に首を横に振った。少しして、その言葉の意味を今度はしっかりと理解し、道也はもう一度強く、意志を持って首を振る。
嘘なわけがあるものか。今となっては説得力の欠片も無いが、『彼女を殺さない』と誓った心に、曇りなど一片もない。
もう一度、この誓いを嘘にしないチャンスをくれるのか。
先程の後悔と悲哀は、次へと挑む薪となる。
「もう一度、戻してくれ。旭が生きてる時間に」
強い決意を持ってそう告げた。
「無策で挑めば繰り返すぞ」
「大丈夫だ。得る物はあった」
悪魔はそれ以上は何も言わなかった。ただ、その大きな手のひらで道也の視界を遮る。暗闇に誘われるままに目を閉じた。
そして、肌に触れる空気が一変する。
「どうしたの? そんなに怖い顔して」
目を開ければ、きょとんとした顔で覗き込んでくる旭がいた。
(落ち着け!)
跳ねそうになる心臓を無理矢理に抑えつける。冷静さを欠けば三度目の惨劇を起こすことは目に見えていた。もう己を信じることは無い。
沸き起こりそうになる歓喜を鎮めるのはことの他容易だった。全身に彼女を殺した感覚が深く染み付いているからだ。
恐らくは一生消えない感覚だろう。いくら時が巻き戻り、世界が今井旭の死を認識していなくとも、道也はそう割り切ることが出来なかった。
桐島道也が二人の今井旭を殺した罪は消えないのだと、桐島道也は生涯責め立てるだろう。
だがそれでもいい。彼女が生きてさえいれば。彼女の隣に在りながら二度と心から笑えずとも、彼女が生きていればそれでいい。
道也は細く長く息をした。
「光の加減じゃないか?」
そして何事も無かったかのように微笑む。
そう。今日も何も無い、ただの日常になるのだから。
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