マーダー 2

「未だに疑問形か。つくづく人間というのは」



 呆れはそのまま肯定となった。

 自分で口にしたことだというのに、道也は驚愕によって固まってしまった。それこそ時が止められたかのように。

 まさに男の口にした言葉の通りだった。どれほど証拠が揃おうと、どれほど真実が唯一に収束されていようと、人間は未知に対してあまりにも不寛容だ。


 男は困惑する道也にますます眉を下げながらも「まあいい」と吐き捨てた。それはもしかすると「もういい」と言ったのかもしれなかったが、道也にとってはどうでもいいことだった。

 彼はテーブルから降り立ち、情けなくも尻餅をついたままの道也を強引に立ち上がらせた。その行為の真意もまた道也には分らなかったし、どうでもいいことだったが、「俺が立っているのにお前が座っているのは許さない」という傲慢さの表れにも思えた。


 並び立つと男の背の高さが際立つ。さほど上背の高い方ではないとはいえ、同年代の平均程度には育っている道也が見上げなければ目が合わせられないほど。立ち上がらされた勢いのままに合わせた瞳は、顔の半分だけを隠す奇妙なフードのせいで片側だけしかうかがえなかったが、赤みがかった濃いブラウンだ。



「後悔しているだろう」



 断定的な口調だったが、それは確かに問だった。

 何についての後悔かなど分かりきったことだ。道也も考えるまでもなく己の罪についてだと理解したが、即応できなかった。

 それは信じがたい光景の連続で混乱していたからで、眼前の得体のしれないに恐怖していたからでもあったが、何より彼自身が答えを決めかねているからだった。



「それは、まだ」



 自身の命を玩具にできる存在を前に、黙り続けることも虚偽を告げることもはばかられた。

 間違いなく自分の答えは男の求めたものではない。機嫌を損ね、次の瞬間には意識を喪失してもおかしくはない。だが奴の性格は愚か目的も何も不明だというのに、正解の分かる人間などいるのだろうか。


 道也はじっと男の反応を待った。奴の一挙手一投足に恐怖を覚えていたとしても、目を逸らすことの方が恐ろしいと感じたのだ。



「そうか。なら、手伝ってやる」



 静かに掲げられた手のひらが道也の頭を掴んだ。抵抗することなど出来はしない。それは特別素早くも、力強くもなかったが、世の理は震えるばかりの被捕食者に生存を許しはしない。注視しようがしまいが変わらなかった。この男と遭遇した時点で、運命はどうしようもなく決まっていたのだろう。


 道也の脳裏に刑事の惨状がフラッシュバックする。鮮明な想像の中で、刑事の顔が自分のものに変わった。



「いや……まあ、いいか」



 強烈な死の予感に身をさらされながら、しかし道也はそう口にした。あれほどまでに男に……その奥に確かにある死の可能性に恐怖しておきながら、最後の最期でそれを受け入れた。

 

 分かっていたからだ。先ほど口にしたように、彼はもう間もなく。



「『まだ』というなら、予定はあるということだな?」



 自責の煉獄で、焼かれることになるのだから。

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