第104話 その身をもって

 前を行く灰児はいじの背中を追いながら、鬼神おにがみ美珠みしゅは微妙な空気に包まれていた。なんせこの二人、会話らしい会話をしたことがないのだ。

 それに加えてマイペースな灰児はいじが一人で先導していくため、取り付く島もない。


 そんな空気を壊したのは、妖魔ようま達の気配が濃くなってきてからだった。


「む! この気配、覚えがあるぞ! 佐乃助さのすけとやら! いるのであろう! 出てくるがいい!」


 灰児はいじが声を発すれば、目の前にいつの間にか彼は現れていた。


「思ったより遅かったですね? 蒼主院そうじゅいんかた。まぁこちらとしては助かりますが」


「はっ! 何をしようとしているのか知らねぇが、ぶっ飛ばす!」


 挑発する鬼神おにがみに対し、佐乃助さのすけは全く動じない。彼は静かに告げる。


「かまいません。どうせ、ここで終わるのですから。全ては……が一族の悲願ひがんのために。さぁにえを喰らいなさい」


 佐乃助さのすけの周囲を黒いきりが包む。そしてそのきりがはれた瞬間そこにいたのは、首と腕が鎖で繋がれた異形いぎょうの怪物だった。


「はぁ!? ありゃなんだ!?」


 叫ぶ鬼神おにがみに対し、灰児はいじもわからないと言った様子で困惑している。その時、答えたのは美珠みしゅだった。


「わっちの推測すいそくですが、あの虎雷雅こらいが達のようにその身に妖魔ようまを降ろしたのでは? そうとしか考えられないでありんす」


「ふむ。だがそれでは、あの男の身体からだが持たないのではないか? 死んでしまうぞ!」


 灰児はいじの言葉に、鬼神おにがみ苦々にがにがしい顔で答えた。


「そのつもりなんだろうよ……。ちっ! 気に入らねぇぜ……家のためにいのちってかぁ!? あぁ!?」


 彼女の叫びもむなしく、異形いぎょうの怪物となった男だったものは咆哮ほうこうを上げながら襲ってきた。


「ぐがががががががががが!」


 金切り声を上げ、がむしゃらに突進とかみなりを放ってくる。


「おいおい! こんなん無理だろ!」


 百戦獄鬼ひゃくせんごくきを出し、なんとか攻撃をける鬼神おにがみが叫ぶ。それに灰児はいじが答える。


「確かに鬼神乙女おにがみおとめの言う通りだな! これではわたしも技を放ちにくい! 美珠みしゅ! 何か手はないか!?」


 話を振られた美珠みしゅが回避行動を取りながら、答える。


「わ、わっちの技は回復系がメインでありんす! 戦闘では、せいぜいこの特製の数珠術じゅずじゅつくらいしか……!」


「ふざけんな! 回復なんて今……ん? 待てよ……?」


 鬼神おにがみは何か思いついたようだったが、攻撃が激しくなり伝えている暇がない。


(どうする? 今の……俺様になら、できるか?)


 ふと五奇いつきと会話した時の言葉がよみがえる。


『俺は、鬼神おにがみさんを人間だと思いたいよ』


 知らずに口角が上がる。


「っは。アイツがいねえ前で良かったぜ……!」

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