第97話 動き出す

「……それで姉さん。わたしに何を伝えたいんだ……?」


 いつもとは違う、の口調で尋ねる等依とうい琴依ことえほがらかに答える。


「あんねー? めっちゃいいあん浮かんだんよ~! 等依とういちゃんの式神しきがみ火雀応鬼かがらのおうきたんと氷鶫轟鬼ひとうのごうきたんをさ……」


 そこまで区切ると、琴依ことえ等依とういに耳打ちをする。それを聞き終える頃には、等依とういは驚きで固まっていた。


「そんな……ことが……? でも、それでも退魔術式たいまじゅつしきが使えないことに変わりは……」


等依とういちゃーん? 忘れてるっしょ。大事だいじなことー」


 琴依ことえに指摘され、等依とういが首をかしげれば彼女は優しい笑みで一言ひとこと告げた。


「ワタシちゃん達の生き方は~自分達で切り開く! ってあの時に指切りげんまんしたでしょーが~。だから、ね? ワタシちゃん達なら……いや、姉弟だけじゃなくって、仲間達もいれば……それでおんじゃね?」


 等依とういの目に光が宿る。


「……そうっスね……。確かにそうだ。わたしは……オレちゃんてば大事だいじなこと忘れてたっスよ……。うんと、その……ありがとう姉さん」


 ようやく素直になった等依とういに、琴依ことえが優しくハグをする。そのぬくもりが嬉しかった。


 ****


 同刻どうこく某所ぼうしょにて。


李殺道りつーうぇい藤波ふじなみ家の行方は未だつかめず……か。困ったものだ」


「どうなさいますか、市長」


 秘書、百合芽ゆりめに問われた黒樹くろき市現市長、彪ヶ崎信護あやがさきしんごは市長机に腰掛けながら答える。


「こちらの手札であるトクタイにひとまずは任せようじゃないか。なぁに、今年は鬼憑おにつきに蒼主院そうじゅいん豊作ほうさくなんだ。上手くいくさ」


 微笑むと信護しんごは静かに百合芽ゆりめが入れたお茶をすする。


「うむ、やはり美味しいな。君が入れた茶は」


「もったいないお言葉です。では、予定通りに。……いいですね?」


 突然話を振られて、はいつも周囲に見せる柔和な笑みも優しい声色もなく、ただ冷たく言い放った。


「……借りは必ず返しますよ。市長。蒼主院そうじゅいん家の使いとしても……トクタイの人間としても、ね?」


 それだけ言い残すと、ルッツは部屋を後にした。その背中を見送ると、百合芽ゆりめが静かに口を開く。


「……あの男、好きにさせてよろしいのですか?」


 信護しんごはそんな百合芽ゆりめに微笑みで返すと、お茶を再度すするのだった。


 ****


 トクタイ、演習場えんしゅうじょうにて。


「貴様ら! そろそろ時間だ!」


 Eチームと緋雲あけくも、計八人が齋藤の声で一斉に動きを止めた。そして一通り見渡すと、齋藤が満足げな声を上げる。


「うむ! 得る物は互いにあったようだな? では! 解散し、休め! いな!」


 五奇いつき麗奈れいなのそばにより、彼女にれいを伝える。


「その……ありがとうございました」


「いえいえ。素敵な殿方とのがたにならいくらでも! わたくし、こう見えて尽くすタイプでしてよ? その……」


 麗奈れいなが続けようとした時だった。五奇いつきの背後から、怒気どきを含んだ声がする。


五奇いつき! なに女口説いてんだ! んな暇あるわけねーだろうが!」


 鬼神おにがみの思ったより近くからの声に、五奇いつきは苦笑しながら振り向く。


「あ、鬼神おにがみさん。その、口説いてるとかじゃないからさ……」


「あら? わたくしはそのつもりでしたけれど?」


 あっさりと告げる麗奈れいなに、五奇いつきが目を見開いてなにかを口にしようとした瞬間には、鬼神おにがみ襟首えりくびをつかまれ引きづられていた。


「ちょ! 鬼神おにがみさん、くるし! 歩きづら!?」


 そんな二人の様子を見て、麗奈れいながボソリと呟いた。


「ぐぬぅ……恋敵現こいがたきあらわる。ですわね……!」

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