第89話 人間とは

『あぁ、先に言っておこう。五奇いつき君がはじめて遭遇した妖魔ようまにのまえすずめは妖魔王ようまおうとかではないよ? 高位こうい妖魔ようまではあるだろうが、違う。断言できるね』


 会議終わりにルッツに言われたことを思い返す。


(……ルッツ先生は、アイツは妖魔王ようまおうじゃないって言っていた。……断言していた。じゃあ、アイツは何者なんだ? 目的は一体?)


 五奇いつきは一人自室で悶々もんもんとしていた。あの後、黒樹くろき市に着き本部のEチーム専用ルームに集合して方針を決めてから、家に一度戻ることになったのだ。


 それぞれ食事などをり、各自室へと戻り今にいたる。ベッドに横たわりながら、五奇いつきはしばらく考えていたが……ここは素直になることにした。


「……齋藤教官に連絡してみるか……な? ん?」


 部屋をノックされ、五奇いつきは上半身を起こしてドアに向かって声をかける。


「誰? 空飛あきひ君? それとも等依とうい先輩……?」


 しばらく回答を待つが、返事が中々来ない。不思議に思っていると、いつもより静かな声が響く。


「……俺様だ。入って……いいか?」


「えっ……あっ……。う、うん。どうぞ」


 予想外の訪問者に驚きつつも、五奇いつき鬼神おにがみを部屋へと招きいれる。神妙しんみょうな顔をした彼女と視線が交わる。気まずさを感じながらも五奇いつきは近くにあったクッションをき、彼女を座らせた。


「……それで、その。なにか、用があるん……だよね?」


 五奇いつきけば、鬼神おにがみうつむいたまま口を開いた。


「……なぁ。俺様は……人間か?」


「へっ!?」


 全く予期していなかった質問に、五奇いつきは思わず間抜けな声を上げるが、いつもみたいな反応を鬼神おにがみはしなかった。ただ、まっすぐに五奇いつきを見つめ、答えを待っているようだ。そのことに気づいた五奇いつきは、はっきりと告げる。


「人間だと思うよ。……何を持って人間と定義するのかはわからないけど……。その、父さんが昔言っていたんだ。『人間とは自分で定義するものであり、他人から定義されるものでもある。だから、自分の思う人間像を大事だいじにしなさい』って」


「……哲学みてぇなこと言うんだな。五奇いつきの親父は」


 そう指摘されて、五奇いつきが思わず苦笑すれば彼女はまたしても静かな口調で語り出した。


「……姉貴に『鬼神おにがみ家は造られた一族』って言われて……みぎわ様に『人造妖魔じんぞうようま』って言われて……自分がわかんなくなっちまった。確かに、普通の体質じゃねぇし……よ」


 声が小さくなり震えて行く彼女を見つめながら、五奇いつきはルッツの言葉を再び思い返す。


鬼神おにがみ家は、人造妖魔じんぞうようまの一種でもあるけれど、人間でもあるから……僕が定義するとしたら人造半妖じんぞうはんようと言ったところかな?』


 その話を聞いた時、五奇いつきに落ちた感覚を覚えていたが当事者である鬼神おにがみは違ったのだ。そう思いいたった時、五奇いつきは自然と彼女の手を握っていた。突然のことに驚く鬼神おにがみに対し五奇いつきは遠慮なく言葉を発する。


鬼神おにがみさん。俺さ……あのかたき妖魔ようまと会って……それで、自分を見失った時のこと思い出した。あの時の俺は……俺の思う人間じゃなかった。だから、その。つまり……俺は鬼神おにがみさんを人間だと思いたい、から!」


 思わず近寄れば、鬼神おにがみが少し頬を赤らめる。そして、そっぽを向くと彼女が小さく声を漏らす。


「……バカかよ。ま、てめぇに話して……正解だった。……借りは返す……からな!」


 それだけ言うと、鬼神おにがみ五奇いつきの手を珍しく優しく引き離してゆっくりと立ち合がると、五奇いつきの部屋を後にした。

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