第82話 あの時

(あぁ……。思い、出した。俺は……あの時……)


 よみがえったのは三年前、ルッツを師として退魔師たいましを目指すことにした時のこと。

 あの時、五奇いつきは父の精神を破壊し奪った妖魔ようまへ対抗できる力を手に入れたと思った。


 だが、それを止めたのもルッツだった。彼はさとすように語りかけたのだ。


五奇いつき君? それではダメだ。ダメなんだよ。力の使い方を、想いのぶつけ方を間違えてはいけない。それは君もわかっているんだろう?』


 ──想いのぶつけ方? 俺は、復讐したいんだ。先生だって、言ったじゃないか。かたき!!


『言ったよ。でもね? それは復讐にとらわれろということではないんだ』


 ──じゃあ、なんだっていうんだよ?


『それは、君が自然と理解するもの、いや、君が君自身で得るものだよ。だけれど……そうだな。今の君は少しばかり見ていられない。だから……少しだけ。少しだけ、思考をズラそうか』


 ****


「……っ!」


 あの時のやり取りを思い出した五奇いつきは、ゆっくりとルッツの胸ぐらから手を離した。


「……五奇いつき君」


「……るせぇ、よ……。俺は……俺は!! にくいアイツを! ゆるせないんだ! だから!」


「その想いをぶつけたい? だけれど、それは相手の思うツボだよ?」


 穏やか、だが冷静なルッツの言葉に五奇いつきは思わず叫ぶ。


「じゃあ、どうしろって言うんだよ!? 止められないんだ! この……憎しみが!!」


 自分の胸を押さえながら訴える五奇いつきに、ルッツが静かに告げた。


「……じゃあこうしようか。君に更なる力を与えよう。……僕に勝てたのなら!」


 ルッツの言葉に五奇いつきが思わず彼を見やれば、ルッツは静かに五奇いつきから距離を取っていた。


「……先生?」


五奇いつき君。本気ほんきで来なさい」


 そう告げるとルッツはいつかの等依とういのように両手を広げ、二体のおにを呼び出した。それぞれ、金色と銀色のよろいまとったその姿を見て、五奇いつきは驚きの声を上げる。


「なっ!? 火雀かがら氷鶫ひとう達みたいな……!?」


金龍応鬼きんりゅうのおうき銀虎轟鬼ぎんこのごうきという。僕が使役しえきするおに達さ」


 あっさりと答えるルッツに五奇いつきは困惑を隠せない。しばらくの沈黙の後、五奇いつきが口を開いた。


「……先生。あなたは一体……なんなんだ?」


「……今はあえてこう名乗ろうか。僕は蒼主院輝理そうじゅいんかがり。当主の座を降り、君の師となった男さ」


 男は本来の名を告げると、五奇いつきに向かって声をかける。


「さぁ来なさい。そして、示しておくれ。君が得た力を!!」


 どこまでもまっすぐな視線に、五奇いつきも答えるべく身体からだを完全に起こし武器を構えた。まだ少し痛む。


「……先生。俺は……俺の憎悪ぞうおつらぬく!!」


 にごったひとみで、五奇いつきは男に向かって行った。

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