第72話 それぞれ

 さとへ正面から入って行った鬼神おにがみ空飛あきひもとい黒曜こくようは、その静けさに警戒心を上げていた。


「さて? どこから何が来る?」


 どこかたのしげな黒曜こくようの声色に、鬼神おにがみが舌打ちをする。


「チッ。おい、気ぃ抜くんじゃねぇぞ!」


 彼女がそう言った瞬間だった。うなり声とともにあの時の白いとら虎雷雅こらいががこちらへ突撃して来た。


「来たか! 貴様らの正体、いてもらうぞ!」


 黒曜こくようが先陣を切り、虎雷雅こらいがが振り下ろしたこぶしつたで受け止める。


「なるほど、先程とは少し違うようだな? 半妖はんよう鬼憑おにつきよ!」


 軽やかな動きで近くの屋根に飛び移った虎雷雅こらいが咆哮ほうこうを上げれば、四方しほうからあの時のフードの三人が現れ二人を包囲した。


「……やっぱ、囲まれるよなぁ? おい、黒曜こくよう!」


 鬼神おにがみが声をかければ、黒曜こくよううなずく。


わしの力をみせてやろう……! 常夜の宴とこよのうたげ!」


 黒曜こくようの足元から黒い影が広がっていき、無数のつたが放出され虎雷雅こらいが達に向かって行く。それを彼らは右へ左へとかわしていく。


「ほう?けるか……。だが、この程度の量ですむと思うな!」


 つたの量を一気に増やす黒曜こくように対し、そのそばにいてしている鬼神おにがみが小さく言葉を漏らす。


「……五奇いつき等依とうい。うまくやれよな……」


 ****


 その頃。

 さとから少し離れた、使われなくなってひさしいだろう水路跡すいろあと五奇いつき等依とういは進んでいた。真っ暗でかび臭い中を、心もとないペンライトで照らす。足元がぬかるむ。


「……鬼神おにがみさん達うまくやってるかな?」


 心配そうな声色で呟く五奇いつきに、等依とういが真剣な声色で答える。


「……黒曜こくようの力がどれだけ戻っていても半妖はんよう半妖はんようっスからね……」


 そこで言葉を区切ると、等依とういが先を進む火雀応鬼かがらのおうきに声をかける。現在の火雀かがらの姿は省エネモードのすずめの姿だ。


火雀かがらー。みぎわ様の気配はあとどんくらいっスかー?」


 火雀かがらが二回鳴く。


「ふーむ。あと三キロくらい進むと、みぎわ様の気配が一番濃いところに着くっぽいスね」


 あっさりと読み等依とういに、五奇いつきは感心する。


(凄いな……本当に等依とうい先輩は。なのに、退魔術式たいまじゅつしきが使えないなんて……信じられないな)


五奇いつきちゃん、そろそろっス。武器、構えといてー」


「あ、は、はい!」


 等依とういの言葉で五奇いつき参弥さんび輪音りんねを構える。呼吸を整え、備える二人と二体のおにの前に開けた空間が現れた。

 人工的に切り開かれた壁、申し訳程度に開いた天井の穴から漏れ出る光、その奥にはめ込まれた鉄格子てつごうしの中にくさりで繋がれたみぎわが横たわっていた。


みぎわ様!」


 思わず声を上げる五奇いつきと珍しく鋭い目つきをする等依とういの耳に、笑い声が響いてきた。


「あははは! 来たね~待ってたよぉ~? い・つ・き・く・ん♪」


 その声のぬしに心当たりのある五奇いつきは、顔を強張らせ息を飲んだ。そうして彼はゆっくりとどこからともなく姿を現した。


「久しぶり~♪ 元気そうでなによりだよ~? ボクのこと覚えてるよ・ね?」


 父、しのぶの精神を破壊し五奇いつきの人生を大きく狂わせた……ロリータドレスに身を包んだ男、にのまえすずめが邪気しかない笑みを浮かべていた。

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