第52話 黒曜

 五奇いつきの周囲に半円形はんえんけいの透明なバリアが形成され、黒いつた五奇いつきに近づくたびにはじかれ、消えていく。


 それを見た少年は少しだけ口角こうかくを上げた。


「ふぅん? 退魔術式たいまじゅつしきってそういうのもあるんだね。上で遊んだヤツらのは、つまらないのばっかりだったのに……。本当にの周囲は面白いね……。羨ましいな。羨ましいなぁ!」


 地団駄じたんだを突然踏み出したかと思うと、大声おおごえで叫び始めた。


「なのにさぁ! どうして僕はこんなに不幸なんだ!? 僕を虐めてくるヤツらばっかりでさぁ! どいつもこいつも……だから……!」


 急にトーンを落としたかと思うと、静かにささやくように少年は声をもらす。


「だから……みんな殺してやったんだぁ……」


 ニタリと笑うと少年は更に黒いつたの数を増やし、五奇いつきが出した円盾えんしゅんを破壊すべく、次々と攻撃を仕掛けてくる。


(これ……出したはいいけど、いつまでたもてるんだ? いずれにせよ、祓力ふつりょくを消費するのは確かなはずだから……)


 五奇いつきが必死に次の手を考えているあいだにも、攻撃は続く。


(なにかないか!?)


 その時だった。見知った半透明なおにが少年めがけて殴りかかった。


「あれは! 百戦獄鬼ひゃくせんごくき!?」


 思わず声を上げれば、エントランスに鬼神おにがみ等依とうい空飛あきひが入って来た。


五奇いつき! 無事か!?」


「うわぁ……なんスか、これ? てか、あの少年って……?」


 鬼神おにがみ等依とういの背後で、空飛あきひ顔面蒼白がんめんそうはくになっているのが見えた。


「俺は大丈夫だけど、空飛あきひ君……」


 百戦獄鬼ひゃくせんごくきに殴られ、吹き飛ばされた少年は、よろよろと立ち上がりながら空飛あきひに向かって声をかける。


「おやぁ? 来たねぇ? さぁ、そろそろ殺し合おうよ!」


 やけに親しげに言う少年に空飛あきひが叫ぶ。


「な、なんなんでございましょうか……? 知らないでございます! 僕は、僕は、僕は! 貴方あなたなど知りなどしないでございます!!」


 明確な拒絶きょぜつに、少年は奇声きせいをあげた。


「あひゃひゃひゃひゃ! そう! そう言っちゃうんだ!? じゃあさ、教えてあげるよ! 僕は日暮ひぐれサーシャ! 黒曜こくようわかたれしたましいの片割れにして、転生体てんせいたい! ここまで言えば――わかるよねぇ?」


 そして、少年ことサーシャは百戦獄鬼ひゃくせんごくきの横を通り過ぎて、空飛あきひ目前もくぜんに立つ。あまりにも早すぎて、みんな反応できなかった。


「やぁ。とりあえず……よろしくね?」


 あっという間の出来事に五奇いつき達はあっけにとられる。サーシャが空飛あきひの首元にナイフを突きつけたのだ。


「……っ! はなっ……れ、ろぉおおおお!!」


 命の危機にいつもの丁寧口調が外れた空飛あきひは、サーシャから距離を取ると足元から黒いつた身体からだまとわせ、黒曜こくようへと姿を変えた。


「……よくもわしのテリトリーに踏み込んだな!!」


「やっと本気マジになってくれたんだね! 嬉しいなぁ、嬉しいなぁ!」


 無邪気に喜ぶサーシャと、憤慨ふんがいする空飛あきひこと黒曜こくよう。そんな二人のあいだに入る余裕が、五奇いつき達にはなかった。

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