第50話 襲う者と逃げる者

 等依とうい達が孤児院へと車を走らせて一時間。

 病室のベッドの上で、五奇いつきはノートパソコンと向き合っていた。


「えーっと、空飛あきひ君は両親が不明で物心つく前から児童養護施設、明日楽木あすらぎにいた、っと……」


 等依とうい達から送られて来るデータを、五奇いつきが次々と入力していく。


「んで、五歳の頃に自分が黒曜こくよう転生体てんせいたいであると理解した、か。……親がわからないって、俺だったら、寂しいな」


 家族が好きな五奇いつきにとって、空飛あきひ境遇きょうぐうは辛いものに感じられた。もちろん、人の数ほど過去があり、感じ方も違うのは頭ではわかっているが。


「……俺達が、空飛あきひ君にとって、家族みたいになれたらいいのにな」


 一人で呟いた瞬間だった。


「へぇ? キミはをそう思うんだね?」


 一陣いちじんかぜとともに、黒い羽根衣はねごろもまとった白い髪の、空飛あきひ少年が現れベッドに腰掛けている五奇いつきに声をかけた。


「なっ!?」


 驚きながらも、痛む身体からだを引きづりベッドからい出た五奇いつきは、強い殺気に緊張感を高める。


「カンが鋭いじゃないか。いいね、は随分と楽しい人生を歩んでいるんだね……あぁ、羨ましいなぁ。うらやましい、な!!」


 傷が痛んで回避行動が上手く取れない五奇いつきに向かって、白髪はくはつの少年はナイフをふところから出して刺そうとしてきた。


「くぅ!」


 それをギリギリでかわすと、馬乗りになろうとする少年を全身の力を使って突き飛ばし、病室から脱出する。出た瞬間に、警備員が駆けつけてくれた。


「おやぁ? すごいなは。こんなに美味しそうな人間達と、お友達だなんて。僕と違っていて……どうしてだろうね?」


「さっきから聞いていれば、なんなんだよ! 僕が僕とかさ! 通じるように話せよ!」


 五奇いつき身体からだを支えながら声を絞り出すように言えば、少年は不思議そうな顔をして答える。


「ん? 意味がわからないな。僕もも、同じ黒曜こくようなんだよ? なら同じじゃない?」


 少年の言葉に、今度は五奇いつきが驚く番だった。


「はっ?」


 思わず間抜けな声をもらせば少年は小さく笑う。


「じゃあ見せてあげるよ! 黒曜こくようの力をさぁ!」


 そう言うと、羽根衣はねごろもがふわりと動き出し、黒いつたのようなものが現れる。そして――。

 

黒き羽根の円舞くろきはねのえんぶ


「なっ!?」


 空飛あきひがなる黒曜こくよう五奇いつきは動揺を隠せない。そのすきに少年は警備員をつたで襲い、腹部を刺した。


「あ、あ、あ、ああぁぁぁぁぁ!!」


 目の前でうずくまって動かなくなった警備員を見て、五奇いつきは怒りのままに少年に殴りかかる。だが、あっさりとかわされてしまい、五奇いつきを黒いつたが襲う。


「くっ! られてたまるか!」


 五奇いつきはその場から逃げる決断をした。武器もない手負いの身体からだでは無理だと判断したからだ。


「逃げるんだ? じゃあ、鬼ごっこ開始だね!」


 どこまでもたのしげな少年の声が響く。それがどうにも五奇いつきゆるせなかった。

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