第47話 名前

「えっ?」


 予想外の言葉に五奇いつきが思わず声を上げると、灰児はいじが続ける。


五十土いかづちは彼と戦ったのだろう? その時に感じたことなどをきたいのだ! 頼めるか?」


 そう頼まれれば、五奇いつきには断る理由が見つからない。必死に思い出しながら、五奇いつき灰児はいじ達に自分がわかる範囲での話をすることにした。


「じゃ、じゃあ……話すけど。有益かどうかは保証できないよ?」


「有益かどうかは重要じゃないのさ! 五十土いかづちが何をどう感じたのかが重要なのだよ!」


 どこまでもしてくる灰児はいじに、戸惑いながらも必死に言葉をつむぐ。その時間は数時間にも及び、気付けば昼で明るかったはずの外は暗くなり夕方になっていた。


「うむ! 実にいい話をけた! 感謝する!」


「……いや、大した話はしてないし……。それに、俺はあいつに歯が立たなかった。なりたいよ……強くさ……」


 うっかり初対面しょたいめんの相手にぼやいてしまったことに気づき、慌てて弁解しようとする五奇いつきに向かって、ずっと黙っていた輝也てるやが口を開いた。


五十土いかづち。お前の言う強さとはなんだ?」


 そう問われれば、五奇いつきにもわからない。何も言えず、閉口へいこうしていると灰児はいじが声をあげる。


「うむ! 人によって望む強さはそれぞれだからな! 共に精進しょうじんしよう!」


 五奇いつきの肩に手をやり、そう言う灰児はいじの笑顔がまぶしく感じる。そんな風に思っていると、灰児はいじが話題を変えた。


「そういえば、貴方あなたの名前は実にイイな!」


「へっ?」


 予想外すぎる言葉に、五奇いつきは思わず間抜けな声を出してしまう。だが、灰児はいじはそんなことを気にせず続ける。


「うむ! 退魔術式たいまじゅつしき五行思想ごぎょうしそうに基づいているのは知っているだろう? その思想の"五"に倍数の"十"そして、五行ごぎょうの一つ"土"が入っている! さらに"五"が続き、不思議や神秘を意味する""まである! こんなに縁起えんぎい名をくのは初めてだ!」


 なぜか嬉しそうに灰児はいじは笑うと今度は自身のあごに手をやる。


「だからこそ不思議だ! なぜ"土"ではなく"金"なのだ? とても不思議だ!」


「それってどういう意味なんだ?」


 五奇いつきき返せば、灰児はいじが笑顔で答える。


貴方あなたが使うのはきん術式じゅつしきだと聞いているからな! 少し気になったのさ!」


 言いたいことだけいうと灰児はいじは突然一人納得したように声を上げる。


「うむ! まるでわからないな! だが、きっと意味があるのだろう! それでは、五十土いかづち! 傷が早く治ることを祈っているよ! ではな!」


「……灰児はいじ。せめて脈絡みゃくらくを持て。すまない、コイツはいつもこうなんだ」


 輝也てるやが深くため息をく。


「……だいぶ時間を取らせたな。感謝する。ここで失礼するが……その。お前の求める強さが見つかるといいな」


「うむ! 輝也てるやの言う通りだな! それではな!」


 灰児はいじはそう声をかけると、二人は今度こそ病室を後にして行く。それを見送った五奇いつきは、喋りすぎた疲れを癒すべく、ベッドに横になった。


「縁起のい名前なんて、初めて言われたよ。……そんなこと考えたこともなかったな」


 そこで改めて、灰児はいじに言われたことを思い返す。


(どうして、先生は俺に"きん"の退魔術式たいまじゅつしきを教えたんだろう?)


 なんだか無性むしょうに気になって来る。あらゆる疑問が渦巻うずまきはじめ、五奇いつきは傷にさわると判断し考えるのをやめた。

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