第41話 覚醒

 向かい合う五奇いつきと青年は、しばらくのにらみ合いの後、動き出した。


「邪魔だ」


「お前こそ!」


 青年のやいば猛攻もうこうが、五奇いつきを襲ってくる。いなすので精一杯の五奇いつきに対し、青年は挑発するかのように余裕たっぷりな様子で口を開く。


本気ほんきを出してみろ、トクタイ。その程度なら、どのみちすぐ死ぬだろう。ここで死んでおけ」


 それと同時に、容赦のない膝蹴りが五奇いつきの腹部に入った。


「ぐはっ!!」


そのまま蹴り飛ばされ、地面に転がる五奇いつきの様子に鬼神おにがみはというと、震えて動けずにいた。


(怖い、怖い怖い怖い怖い! 無理だ!)


「でも……このままじゃ……」


 このままだと五奇いつきは殺され、氷鶫ひとうも殺されるだろう。


「それは……ダメだ……」


(どうしたら、いい? 力が……百戦獄鬼ひゃくせんごくきが! チキショウ、なんで!)


「守りたいのに守れねぇんだよ……」


 そう彼女が思った時だった。内側から"声"が響いてきた。


【守ると言ったな? それはまことか?】


「この声は……?」


 物心ついた時、だ。あの時は恐怖が先行して、拒絶してしまった。だが、今は違う。


「あぁ言った! 守りてぇ!」


【ならば、が名を呼ぶがいい。われは……】


 それだけの短いやりとりだが、一人と一体にとっては十分すぎる時間だった。今まさに五奇いつきに振り下ろされようとしているやいばがスローモーションに見え、確実に捉えられた。


百戦獄鬼ひゃくせんごくき!!」


 鬼神おにがみが叫ぶと同時に、百戦獄鬼ひゃくせんごくきが彼女の身体からだから現れ、青年を勢いよく突き飛ばした。


「えっ……?」


 何が起こったのかわかっていない五奇いつきの元へ、鬼神おにがみが駆けよっていく。


「無事……じゃねぇな……。動くんじゃねぇぞ! 後は……俺様に任せろ!」


「……俺様?」


 まだ困惑している五奇いつき身体からだを支えると、鬼神おにがみ百戦獄鬼ひゃくせんごくきに向かって叫ぶ。


百戦獄鬼ひゃくせんごくき! ソイツを、ぶっ飛ばせ!」


【任された、あるじよ】


 百戦獄鬼ひゃくせんごくきは、今までの暴走が嘘かのように鬼神おにがみの指示を聞く。その光景に、五奇いつきは驚きを隠せない。


「どう、いう?」


「てめぇは休んでろ」


 言って、鬼神おにがみ五奇いつきの目を優しくふさぐ。その温かさと安心感に、五奇いつきは意識を手放した。


「まさか、鬼憑おにつきがいるとはな……。問おう、お前は人間か? 妖魔ようまか?」


 百戦獄鬼ひゃくせんごくき散々さんざんにやられた青年がく。鬼神おにがみは眠った五奇いつきをだいじそうに抱きしめながら答える。


「名前すら名乗れねぇようなヤツに、教える義理はねぇよ!」


「……そうか。なら名乗ることはしよう。名は李殺道りつーうぇいだ。ではな、鬼憑おにつき」


 言うがはやいか、青年、李殺道りつーうぇい身体からだからかぜを出し、その旋風せんぷうに乗って去って行ってしまった。それを見送り、脅威きょういが去ったと判断した鬼神おにがみ五奇いつきの顔を優しくなでる。


「ほんっと、カッコ悪りぃ寝顔……ばーか」


 そう呟いた後、彼女は自分の隣にたたず百戦獄鬼ひゃくせんごくきを見つめる。


(あぁ、そうか。そういうことかよ……。俺様が……いつも戦いを無意識に恐れていたから……互いに互いを拒絶していたから……お前も俺様も上手くいかなかったんだな)


 ようやく理解できた鬼神おにがみは静かに百戦獄鬼ひゃくせんごくきに声をかけた。


百戦獄鬼ひゃくせんごくき……今まで、ごめんな……」


【問題ない。われあるじは認め、われあるじを認めた故にな】


 そう答えると、百戦獄鬼ひゃくせんごくきは彼女の中へと戻って行った。

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