第37話 家族との時間

「……来るの、久しぶりだな」


 今日の召集も夜で、空き時間がかなりある。五奇いつきは、父がいる病院にやって来ていた。


 ここはトクタイが所有している"妖魔ようま被害者専門"の病院で、五奇いつきの父以外にも被害者達が入院し、それぞれ"専門医"による治療を受けている。

 もちろん、中には五奇いつきの父のように治せない患者もいるのだが……。


「すみません、五十土忍いかづちしのぶの病室をお願いします。あ、息子の五奇いつきです。これ、認証です」


 いまだ慣れない受付をすませると、看護師の案内で特別病棟へと向かう。この病院は五階建てで、父のしのぶが入院しているのは四階だ。エレベーターで一気に上がると、待合室に通された。


(……ここに一人で来るのは、初めてだな)


 最初に来た時もその次も、ルッツが常に一緒だった。だが、今日は違う。一人だ。

 その事を自覚した瞬間、五奇いつき強烈きょうれつな恐怖がおそってきた。


(どうしよう! 父さんと……あの状態の父さんと会うなんて!)


 思えば、五奇いつきはちゃんと。いや、その姿を認識することを無意識に拒絶きょぜつしていた。


 だが、あの日から三年が経ち退魔師たいましとなった今、ちゃんと見なければならないと思い直した。何が起こり、何を失ったのかを、正しく認識するために。


 数分で、その時はやって来た。


 無頓着な無地のTシャツに黒のジャージ、そしてうつろな目。何度見ても見慣れない姿が、そこにはあった。


「面会時間は十分じゅっぷんです。もし、そのあいだになにかありましたら中断となりますが、よろしいですね?」


 父の車椅子を押してきてくれた看護師に「大丈夫です」と短く答えると、看護師は優しく微笑みながら面会室を後にした。


 久しぶりの父子おやこの時間。だが、昔みたいな会話は出来ない。


「その……父さん。俺、トクタイに、妖魔ようまを倒す組織に入ったんだ。それで、いや、それと、今日は、誕生日おめでとう」


 そう声をかけてみても、五奇いつきと父の視線がまじわることはない。


「……その! 俺、頑張るから! なんとしてでも父さんをこんな風にしたヤツを見つけ出すから! だから! だから……」


 それ以上は言葉にならなかった。


 ****


 結局、父は一言ひとことも発する事はなく面会時間が終わった五奇いつきは、まだ時間があるからと母の墓参りにも行くことにした。

 この病院から比較的近い墓地に母は眠っている。


(そういえば、母さんの墓参りも久しぶりだ)


 あの日以降、行っていなかったことに申し訳なさを感じながらも、五奇いつきは受付を済ませ、道中で買った花などを持って母の墓まで向かった。


「母さん、久しぶり。なかなか来れなくて、ごめん。その、色々……あったんだ」


 一人墓前ぼぜんで手を合わせると五奇いつきは今までのことを母に話した。トクタイのこと、仲間のこと、任務のこと。一通り《ひととおり》話し終えた五奇いつきは静かな口調で祈るように言う。


「……母さん。俺を……見ていてくれ……」


 そうして五奇いつきは"家族との時間"を終えた。

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