第36話 思い出す日

 翌日。トクタイに入ってから、すっかりズレてしまった睡眠バランスを戻すため、五奇いつきは八時に起きた。


(昨日のは、なんだったんだろう?)


 歯を磨きながら、五奇いつきはぼんやりと鬼神おにがみとのやり取りを思い出す。


(……どうしてきらっている俺に、あんなことをいたんだろうか?)


 そんなことを思いつつ五奇いつきが歯を磨き終えたところで、ちょうど空飛あきひが入って来た。


「あっ」


「あっ……おはようございます。五奇いつきさん」


「おはよ……早いね?」


「……ええ、まぁ。 では、その、歯を磨かせていただきますね! はい」


 なにか誤魔化すような言い方が気になったが、深く追求せず五奇いつきは洗面所を後にした。出たタイミングで今度は廊下で等依とういとすれ違う。


「あっ」


「おっは~? そいじゃま~その? トイレ行かせてもらってよき?」


「あ、すいません! どうぞ!」


 そうして廊下の道を譲った五奇いつきは、リビングに入る。すると、珍しく新聞を読んでいたらしい鬼神おにがみの姿があった。

 その新聞の見出しには、大きく『黒樹くろき市長、彪ヶ崎信護あやがさきしんご氏 再選確実!』と書かれていた。


(そういえば……あの日は朝から変な日だったな。市長さん倒れていたし……。まぁその話を今さらしたところで、誰にも信じてもらえないんだろうし……する気もないけど)


 あの日。

 父を永遠に失った日。

 色々なことが起こりすぎて、五奇いつきが市長と秘書との出来事を思い出したのは随分時間が経ってからだった。それに、修行の日々が目まぐるしくて、結局誰にも話せず今にいたっている。


(まぁ、内密にって言われたのもあるけどさぁ)


 そう思いをはせていると、鬼神おにがみに声をかけられた。


「あ? なに見てんだよ? ……新聞が気になんのか?」


 そうかれて思わず固まってしまう五奇いつきに、鬼神おにがみは不思議そうな顔をしながら「オラよ」と、新聞を乱暴に渡してきた。


「あ、りがとう」


 五奇いつきがなんとかそう答えると、鬼神おにがみはさっさとキッチンに向かって行ってしまう。取り残された五奇いつきは、少し悩んだ後、せっかくだからと新聞に目を通すことにした。


(えーっと。わっ……今までちゃんと読んだことなかったけど、けっこう色々な情報が載ってるんだな!)


 スポーツ情報から芸能人の話題まで。豊富な情報の数々に、りし日の父の姿を思い出す。


(父さんはよく新聞を読んでいたけど、こういう感覚だったのかな? ……今日はなんだか、よく父さんを思い出す日だな? なんかあったっけ?)


「あっ!」


 突然大声おおごえを出した五奇いつきは、大切なことを思い出した。


(……あの日から、一度も祝ってないけど……今日は……父さんの誕生日だ)


 あの出来事が起こるまでは、毎年祝っていた大切な日。五奇いつきは、新聞をたたむと両手で顔をおおった。


(ごめんよ……父さん)

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