第5話 邂逅

「はぁはぁ……」


 時間が経つにつれて荒くなる呼吸を整えつつ、五奇いつき封呪紋ふうじゅもんを確認した。


(うん、ちゃんと機能したままだ。本当に凄いな)


 封呪紋ふうじゅもんとは、退魔術式たいまじゅつしきの詠唱を短縮するためにあらかじめ術式じゅつしきを組み込んでおく技術のことで、トクタイに所属する退魔師たいましの大半はこの技術を使っているとルッツから聞いた。

 ……神経が張り詰めていて気が全く休まらない中思考を巡らせる。


(あれから何時間経ったんだろうか?)


 試験が始まってから、数体の妖魔ようまと対峙し戦った。強さはそれほどでもなかったが、五奇いつき祓力ふつりょくと気力を消耗するには十分だった。余裕はまだあるが、強敵が出てくればどうなるかわからない。

 なるべく力を温存しながら道なき道を進んで行くと、しばらくして妙な気配を感じ取った。

 足を止めて輪音りんねを見る。


(鈴は一回鳴っている……けど、この気配はなんだ?)


 困惑しながら、気配がする方へと慎重に近づき、すぐそばにある木の陰に隠れて様子を見れば、そこには試験会場で出会った少女がいた。


(あ。確か自分の事をとか言ってた、態度の悪い女子!)


 少女は大柄で毛むくじゃらな妖魔ようまと対峙しているというのに、余裕そうに笑っていた。


「はっ! それ以上来てみな? どうなっても知らねぇーぞ!」


「小娘が! 死ねぇぇええええええ!!」


 妖魔ようまが左腕を少女に向けた瞬間だった。


「……はっ?」


 五奇いつきは小さく声を漏らした。妖魔ようまの左腕が少女に触れようとしたと同時に吹き飛んだのだ。

 妖魔ようまの方も何が起こったのかわからなかったらしい。失った左腕をかばいながらたじろぎ、少女をにらみつけた。


「だから言ったじゃねぇかよ……知らねぇーぞってな……。俺様にケンカを売ったことを後悔しながら死んでいけ! 百戦獄鬼ひゃくせんごくき! やっちまえ!」


 彼女の身体からだから半透明な"なにか"が現れ、妖魔ようまに対して攻撃を仕掛けた。


「な、なんだ……あれ……」


 茫然ぼうぜんと見つめる五奇いつきに気づくことなく、そのなにかは容赦ようしゃなく妖魔ようまの脇腹を殴り、蹴り、暴力を加えていく。


「ぐはっ! ごは! ぐぎゃあああ!?」


 汚い悲鳴を上げながら逃げようとする妖魔ようまに対し、少女は冷たく言い放った。


「逃げようってか? はっ、ソイツは無理だぜ? 俺様の百戦獄鬼ひゃくせんごくきは、一度獲物を捉えたら始末するまで止まらねぇからよ!」


 少女の言葉に戦慄せんりつする妖魔ようまが、かわいそうにすら思えてきた。


(な、なんなんだよアレ。あんなのって……)


 悩む五奇いつき脳裏のうりに、ルッツに言われたことがよみがる。


『いいかい? 五奇いつき君。試験で"使用"される妖魔ようまは、人間に害をなしたものばかりだ。なかには同情したくなるような妖魔ようまもいるかもしれない。だけれどね? そこでなさけをかけたら……死ぬのは、君だよ?』


「……死ぬのは、俺か」


 どうするべきか悩んだすえ五奇いつきは、行動を起こす。


輪音りんねセット! 壱銘いめい斬葬ざんそう!」


 "なにか"の攻撃から逃げようとあがく妖魔ようまに向けて技を放った。妖魔ようまは消し炭となり、五奇いつきと少女と半透明な"何か"だけがその場に残った。少女は突然現れた五奇いつきにらみつける。


「てめぇ! なに人の獲物を横取りしやがる!? ぶち殺されてぇのか!?」


 怒鳴る彼女に五奇いつきも負けじと言い返す。


「横取りみたいになったのは謝る。だけど、あんな、しつこく攻撃することないだろ! 早くトドメを刺してやれよ!」


 五奇いつきの言いぶんに、少女は更に声をあらげる。


「あぁ!? 人のやり方にケチつけようってかぁ!? いいぜぇ……ここでぶっ殺してやるよ! 百戦獄鬼ひゃくせんごくき! おい! ……おい!」


 少女が"なにか"を呼ぶが、反応がない。数分の沈黙の後、少女は盛大に舌打ちをし、五奇いつきに言い放つ。


「ちっ、てめぇが人間だから反応しねぇじゃねぇか! クソが!」


 少女は近くの石を蹴り飛ばす。


「てめぇの顔は覚えたからなぁ! 横取り野郎が!」


 暗闇の中、少女はさっさとどこかへ行ってしまった。その背中を見つめながら、五奇いつきは深く息をいた。


(恨みを買っちゃったな……。でも、見ていられなかったんだ。あんなのは……)


「見て、られないんだ……」


 一人呟くと、五奇いつきも少女と反対側の方へと向かう。願わくば、二度と会いませんようにと思いながら。

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