第3話 退魔師

「うっうぅん?」


 五奇いつきがゆっくりと目を覚ますと、白い天井が見え、自分がベッドに寝ていることに気づいた。鉛のように重たい身体を起こそうとしたが上手く動かせない。仕方なく、左右に顔を動かそうとした時、左横から声が聞こえてきた。


「目が覚めたようだね? 自分の名前、わかるかい?」


 五奇いつきが顔を向ければ、白いマントの男が腕を組んでパイプ椅子に座っていた。

 どこまでも優しくて心地いい声が、逆にあの出来事が現実だったのだと理解した。男は、五奇いつきの様子を見ながら再び声をかけた。


「もう一度くよ? 君の名前は?」


「……五十土五奇いかづちいつき、です。あの、父は?」


 ようやく答えた五奇いつきに対し、男は言いにくそうに顔を伏せながら答える。


五奇いつき君。残念だけれどお父さんは……」


「そんな!」


 なんとか上半身を起こし、ベッドから出ようとする五奇いつきを男が制止した。


「おっとと! まだ起きてはいけないよ? 君は"妖魔ようま"の攻撃を食らったんだからね?」


 聞きなれない単語に、思わず五奇いつきき返す。


「"妖魔ようま"って?」


 男は優しく五奇いつきを再度ベッドに寝かせてから、説明を始めた。


「まず、ここは"特殊対妖魔殲滅部隊とくしゅたいようませんめつぶたい"、通称:トクタイと提携ていけいしている病院でね? 君達は"妖魔ようま"と呼ばれる人外の存在により攻撃をされ、君は二日間寝込んで、お父さんの方は、精神が破壊されてしまったのさ」


「なっ……あの父さんが? 壊されたって、どういう!?」


「簡単に言うなら、自我がない状態かな?」


(信じられない! 信じたくない!!)


 だが、あの時の父の姿を鮮明せんめいに思い出して、気付けば五奇いつきの目には涙が浮かぶ。その様子を見て、男が声をかけた。


「もう元には戻れないだろうね。人の心と言うものは、一度壊れてしまえば戻ることなどないのだから。それでだよ? 君は、このままでいいのかい?」


 五奇いつきは涙をぬぐい、声を絞り出す。


「いいわけ、ないだろ!」


 その言葉を聞いて、男が深くうなずきながら提案してきた。


五奇いつき君、"退魔師たいまし"にならないかい?」


「"退魔師たいまし"?」


 き返した五奇いつきに、男が答える。


「そうさ。あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね? 僕はルッツ。しがない退魔師たいましさ」


 男、いやルッツは優しくもう一度五奇いつきに尋ねる。


「お父さんのかたきを討ちたくはないかな?」


「……そもそも"妖魔ようま"とか"退魔師たいまし"とか……意味、わかんねぇよ!!」


 とうとう耐え切れなくなった五奇いつきは思わず八つ当たり気味に叫んだ。だが、ルッツはより一層優しい声で話しだした。


「"妖魔ようま"というのは、さっきも言ったように人外の存在……わかりやすく言うなら、"妖怪""悪魔"そう言った魑魅魍魎ちみもうりょうのことさ。そして、それに対抗しうる力、"祓力ふつりょく"という、人が生来せいらい持つ浄化の力を駆使して、戦う者達を総じて"退魔師たいまし"と呼ぶのさ。君にはその資格がある。どうするかい?」


 問われた五奇いつきはしばらく考えた後、決意した声で答えた。


「……なります。俺、退魔師たいましに! なります!」


****


(あそこから始まったんだな)


 あれから三年の月日が経った。ルッツを師として修行を積んだ五奇いつきは、いよいよ、トクタイへの入隊試験へと挑むことになった。

 時刻は午後八時をまわった頃。黒樹くろき市の郊外こうがいが試験会場だ。


 腰にけた二つの武器を交互に撫でる。これは三年間の修行で手に入れた五奇いつき専用の武器だ。


 一つは、参弥さんびという名のワイヤーブレードが付いたリボルバー式ので、もう一つが、輪音りんねという"封呪紋ふうじゅもん"が刻印されたやいばに鈴が付いた、カートリッジ式の細身の銃剣だ。

 参弥さんびが物理攻撃に特化しており、輪音りんねが"退魔たいま"用に特化しているのが特徴だ。


 どちらも扱いに慣れるまで時間がとてもかかった。だからこそ、愛着もあるし信頼も置いている。


「よし! 行くか」


 一人呟くと、五奇いつきは自分の顔を両手で二回叩き、足早に会場入り口へと向かった。トクタイの隊員らしき人物達が、お揃いの黒い隊服に身を包んで立ち、案内をしていた。


「こちらが試験会場になります。受験者は並んで入ってください!」


 指示に従い会場内に入って行けば、中には百人ほどの若者達が、広い闘技場のような場所に一同に集まっていた。


(すごい人数だな……。ここから残れるのは、半分か)


 定員は五十人。その事実に、自然と姿勢をただ五奇いつきの背中が、勢いよく誰かに押された。


「うぉ!?」


 衝撃でふらつきながら、押してきた相手を見れば、そこには桃色のショートヘアに金眼の、目つきがやたらと鋭い、同い年くらいの少女がいた。

 少女はこちらに気づくと、睨みながら、予想より低い声で威圧してきた。


「あぁ? 俺様になんか文句でもあんのか?」


 その声色に、五奇いつきも何か言い返そうかと思った時、会場の照明が落ちて中央にスポットライトが当たった。だが、そこには誰もいない。ザワつく場内じょうないに女性のアナウンスが響く。


『これより、試験を開始します。受験者の皆様は、このライトが照らしている方向にご注目下さい』


 言われた通りに視線をやれば、しばらくして身体が宙に浮くような感覚に襲われて、ゆっくりと意識が遠くなる。


『それでは各自の健闘を祈ります』


 どこまでも無機質なアナウンスが耳に残った。

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