第4話・コウ
俺は夢なんか見ない。見なくても忘れたりはしないからだ。目を瞑ればあの日のことなんて一瞬で思い出せるからだ。他の奴らとは違う。
室内灯の明るさをギリギリまで落とした部屋で政府の奴らが何か話してやがる。光があるところは全て俺の行動範囲だ。わざわざ盗み聞きなんてするつもりはないが、最近のお偉いさん方は何やら怪しいことをしているらしい。……自分の身を守るためにも情報収集は必要だ。
「だからなぜ奴の生命維持装置を外さないんだ! 外せば新しい守護者が選抜されるだろう!」
張り上げられる大声。奴……クリアのことか? 生命維持装置を付けられている守護者なんて彼女しかいない。あいつらはクリアを殺すつもりか? 使えないと分かればさっさと始末する。いつものことだな、奴らはそうやって自分達の優位性を保ってきたんだろう。クリアが殺される前になんとかしねぇと。そう思って立ち去ろうとした瞬間だった。
「あのコウという奴もどうにかして始末できんのか。奴を生かしておくと面倒が増える!」
「奴は簡単には殺せないが対策はある。最悪殺せなくとも動きを封じることくらいなら……」
俺を殺す? 上等だ、やってみやがれ。……殺せなくともという言葉が気になる。何か新しい技術でも確立したのか? そうであろうと俺が負けるわけがない。俺は光の守護者なのだから。
コウは守護者の中では特殊な存在だった。彼は生まれつき能力が高い故に守護者になる前の記憶を全て保持していた。大抵の守護者は精霊の力を受け継いだ代償で記憶や性格、髪の色などが変化するものだ。しかも受け継いだ直後に意識を失い、眠り続ける者もいる。クリアがまさにそれだ。彼女は無属性の元素を守護しているが、受け継いだ反動でそのまま植物人間となってしまったのだった。それでも生かされているのは、不用意に殺せば元素のバランスが崩れ、何が起こるか分からないからだ。
その逆がコウだ。コウは守護者になっても何一つ変わることがなかった。生まれつきのブロンドの髪でさえもそのままだ。だからこそ洗脳に似た教育もコウには無意味だった。政府の従順な手駒にはならずにいれたのはそのおかげだ。
だが記憶が残っていることは残酷なことでもある。
コウがまだ守護者になる前――リュミエールと呼ばれていた時の話だ。彼の両親はすでに死んでいた。父は戦争で、母は病気で。だからリュミエールは孤児院で生活するしかなかった。貧しいといえば貧しかったが、それ以前の生活と比べたら大した差はなかった。むしろ同年代の人と生活できることが面倒ではあったが楽しかった。そしてリュミエールには妹のように接していた少女――ルシアがいた。ルシアはリュミエールが孤児院に来て間もない頃に来た少女だ。彼女の両親もリュミエールと同じように亡くなり、それのショックでいつも泣いていた。リュミエールは当時7歳だったので両親の死は少しは理解ができたが、3歳のルシアにはそれが受け入れられなかったのだろう。だからこそリュミエールはルシアの傍で彼女を慰め続けた。その甲斐あって、ルシアは少しずつ明るさを取り戻していった。それでも夢を見て泣いて起きることがあるのは知っていた。どうやっても彼女が本当の明るさを取り戻すのはまだまだ先なのだろう。少なくとも今の自分にできることは限られている。リュミエールはそう感じていた。
しかし、そんな日々は突然終わりを告げたのだ。彼らがともに生活をし始めて一年ほど経った時、いつものようにルシアはリュミエールのべったりとくっついていた。リュミエールを兄と慕い、どんな時でも自分を守ってくれる彼が大好きだったのだ。だがその日はルシアは無理矢理リュミエールから離されたのだ。孤児院にやってきた黒服の大人たち。リュミエールは話の内容を理解することはできなかったが、それが自分のことを話しているというのはうっすらとわかった。――光の守護者に選ばれた、その言葉だけは聞き取れた。それからはあっという間だ。泣き叫んで後追いするルシアを引き剥がし、行きたくないと暴れるリュミエールを押さえつけて、黒服の大人たちはまるで誘拐するかのように連れて行ったのだ。
その後、まるで宮殿のような居住施設でリュミエールは生活することとなった。まだ先代の守護者が存命だったから、彼から様々な知識、技術を学ぶこととなった。数年間たくさんのことを学んだ。国の歴史、情勢、精霊との関係、これから守護者として生きていくためには必要な知識だった。そして最後に教えられたのは「手駒になるな」ということだった。なぜそれを最後に教えたのか、リュミエールが理解したのは先代が死亡してからだった。病床に臥せ、余命僅かだとわかっていたから、最後の最後に伝えたのだろう。
先代が死んだということはリュミエールが光の守護者の役割を引き継ぐことを意味する。その時初めて、リュミエールは光の精霊を謁見した。居住施設のさらに奥、普段は入ることすら許されない神殿の中に鎮座している。リュミエールはそこへ行き、精霊の力を与えられた。コウという名前とともに。
リュミエールがコウになってしばらく経ち、その頃に初めて他の守護者たちと顔を合わせることになった。守護者たちは年老いた者ばかりだったが、自分より幼い者が一人だけいた。銀色の髪を揺らし、漆黒の服に身を包んだ少女――髪の色が変わっても忘れたりはしない――ルシアがそこにはいた。コウはルシアの姿に言葉を失っていたが、ルシアはコウに見せたことのない屈託のない笑顔を浮かべ名乗り始めた。
「私はダークよ。よろしくね、コウ」
当時コウは14歳だった。10歳の彼女は年齢に不相応なほど落ち着いており、またコウが知っているルシアとは違って、とても明るく楽しげに笑っていた。まるで別人のように。そしてその目はコウをリュミエールとは認識していなかった。
コウは後で知った。自分が光の守護者に選ばれた直後、闇の守護者が突如崩御し、そして後釜として選ばれたのがルシアだったのだ。先代の守護者が死亡しているためにルシアは幼いながら精霊の力を受け継ぎ、そして守護者となったのだ。そして彼女はリュミエールほどの適性がなかったために記憶を失ってしまっていた。
コウは彼女が自分を忘れている以上、これ以上の追及はできなかった。それに思い出させても何も良いことはない。両親を亡くして塞ぎ込んでいた、いつも泣いていた彼女が、あんなに楽しそうにしているのに、自分を思い出させるために不幸にさせる必要はない。
ただコウにできるのは、彼女が幸せになれるように影から守ってやることだけだった。
(政府の奴らは信用ならねぇ。あいつらはいつ俺たちを切り捨てるか……)
コウが大人になるにつれ、自分が邪魔者と思われていることに気がついた。自我を持ち、そして精霊の力を最大限操れる守護者は、政府にとってはただの脅威だ。殺されていないのは、まだ利用価値があると見なされているだけにすぎない。きっと過去の守護者たちも邪魔になると思われれば始末されてきたのだろう。
(アクア、ソイル、エレク……奴らはまだいい。仕事をこなし、政府の邪魔をしない程度にうまく生きている)
コウは指を折りながら守護者たちに思いを馳せている。
(トゥール、フレア……奴らは危うい。自分たちの存在に疑問を持ち始めている)
風と火の守護者たち。トゥールはコウほどの力はないが、繊細な性格ゆえに政府が自分をどう見ているか気づいていた。そしてフレアは大人になってから守護者に選ばれたため、記憶や性格への影響があまり出なかった。だが守護者としての経験が浅いため、政府に狙われた場合の自分で自分の身を守れるとは思えない。
(そしてダークとクリア……)
政府を信じきっているダークと政府に命を握られているクリア。この二人をどうやって救えばいい? 特にクリアは近々殺されるかもしれない。殺すチャンスといえば、守護者が動きづらい日――式典の日。
コウは立ち上がる。早急に準備をしなくてはならない。彼女を、みんなを守るために。
Elements 九月 七瀬 @nanase_konotsuki
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