ぐるぐる通路の友の部屋

ダルミョーン

第1話

 何の装飾も無い、通路と階段と扉だけが有る、よくわからない場所をぐるぐると歩き回っていた。

 まっすぐ階段を上がり、突き当りを右折し、まっすぐ歩き、また突き当りを右折する。今度はまっすぐ階段を下り、突き当りを右折し、まっすぐ歩き、また突き当りを右折する。そのあとは、また同じ階段を上がって繰り返す。

 ぐるぐる歩き回る途中、右側だけに扉がある。

 けれど、何故だか、その中に入るのを後回しにしたくて仕方が無かった。

「ここは、どこだ」

 ぐるぐる歩き回りながら、考える。

 何故ぐるぐる歩き回っているのか、よくわからない。

 何か理由があった気もするし、無かった気もする。

 右側の扉からは、様々な声が聞こえてくる。

 私以外の人が、私の前にも、後ろにも居る。

 そして、扉の中に入っていくばかりで、出てこないことだけはわかっている。

 扉の中に人が入ると、どこからか現れた人が、またぐるぐると歩き回る流れに加わる。ずっとぐるぐると歩き回っている。私は、何のためにぐるぐると歩き回っているのか、まるでわからない。

 そうして、ぐるぐると歩き回っていると。

 ふいに、呼ばれた。

「友よ」

「なんだ」

 そして、気づけば扉の中に入っていた。

 扉の中は、ああ、ソファがあり、テーブルがある、殺風景な友の部屋だ。

 友の部屋だから、何も怖くないはずだ。

 そんなことを考えて、目の前の男を見る。

 私の友だ。長い旅をしてきた友だ。お互い老いて、最近戦力外になったところだ。

 しわも、白髪も目立つが、長年酷使した体は、お互いに脂肪がまるでない引き締まった体をしている。

 特に、友の眼光は、大抵の相手がビビるくらい凄いんだ。

「友よ」

「なんだ」

「…友よ」

「………どうした。何故、繰り返す」

 友は、椅子から立ち上がり、私の元に近づいてくる。

 何故か、その歩みは弱弱しい。

「………どうした。何故そんな歩き方をするのだ」

 近づいてきた友は、私のことを抱きしめた。

 ギリギリと、痛いくらいに抱きしめた。

「いだだだだだだ!!」

 私が声を上げると、友は力を緩めた。

「まだ、痛みはあるのだな」

「コノヤロー!!」

 お返しとばかりに、友を全力で抱きしめた。

 痛いくらいに抱きしめた。

 何故か、そうしなければならないと感じていた。

 今、やっておかなければならないと感じていた。

 そして、抱きしめた友は、何の痛痒も感じていないようだった。

「ふふ」

「何がおかしいんだ!!くそっ!!」

 やり返しても、友がなんともないようで、人を小ばかにするような、にやけ面が無性に腹立たしい。

 そうしていると、友は私の首の右後ろを、トン、トン、と叩いて言った。

「首だ、首を守れ」

「えっ」

「お前は、生きろ」

 そう言って、友は信じられない力で私を振りほどき、天井に飛び上がったかと思うと、天井を殴って破壊した。

「な、何を」

 そして、気づいた。下降していることに。

 この部屋は、エレベーターだ。下に降りるエレベーターだ。だから、誰も出てこなかった。

 だが、ああ、あれは何だ。天井に開いた穴から数多の手が見える。

 エレベーターなのに、何故そんなに手がある?

 いや、唐突に思い出した。

 扉に入っていく人はたくさんいた。

 しかし、誰も扉を開けていなかった。

 扉から生えた腕に掴まれ、扉にずぶずぶと飲み込まれるようにして入っていたのだ。

 それを、何の疑問も浮かばずに眺めていた。

 明らかにおかしい。

 そうだ、そもそも、何故ぐるぐると延々歩いていた?

 左側には壁しかなく、右側には扉がある場所なんて、記憶に無いだろう?

 ここは、どこなんだ。

 友が私の腰をがっちりと掴んだことで、思索は中断された。

「お前は、生きてくれ」

「!?…まさか!?」

 気づいたときには、友に投げられ、天井に開いた穴から飛び出していた。

「う、わああああああああああああああああああああああ!?」

 どこまでも、どこまでも、上に飛んでいく。

 まるで止まる気配が無くて。

 友が、遠ざかっていく。

「友よ!!友よ!!友よ!!」

 数多の手に飲み込まれるエレベーターが、遠目に見えた。

 そして──


 私は、目を覚ました。

「…っ!!」

 起きてすぐ、右手を首の後ろにかざした。

 直後にずぶり、と刃物が刺さる感触がした。

 右手に力を入れながらひねって刃物を取り上げる。

「何っ!?」

 襲撃者が驚いている隙に、私の口元に当てられていた右手を、私の左手で掴んで引っ張る。

「うわっ!?」

 そして、取り上げた刃物で襲撃者の首を撫でる。

「かぺっ」

 それで、襲撃者の首を切り裂いた血を浴びぬように、すぐにベッドから襲撃者を殴り落とした。

 周囲の気配を探るが、他に人は居ないらしい。

 …生きている人は、居なかった。

 友は、死んでいた。

 首の後ろに刺されたナイフを、掴んだまま死んでいた。

 やはり、友が教えてくれたのだな、と思う。

 友の死に顔は…安らかだった。

「…友よ、ありがとう」


 後に、ぐるぐる通路の友の部屋の話が語られることになった。

 いわく、よくわからないところをぐるぐると歩き回る場所。

 いわく、死ぬ前に友と会う場所。

 いわく、死んだ後に友と会う場所。

 いわく、何もしなければどちらも死ぬ場所。

 いわく、逃がせば死を回避できる可能性のある場所。

 いわく、神の慈悲、と。

 しかし、同時に、こんなことも語られる。

 ──死の国の神様が、人を試す場所、と。

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ぐるぐる通路の友の部屋 ダルミョーン @darumyo_n

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