第38話 如何に騙して納得させるか。 ★



「私、スイさんとは敵対したくも無ければ、気まずくもなりたくありません。ですから私に誠意を見せようなどという事は、絶対に考えないでください」

「でも――」

「大丈夫です。公の場で私たちが互いに互いを避ける事無く、穏やかに会話をしているところを見せれば、周りも自然と事の次第に気が付きますから」


 セシリアとしては「和解した」「仲直りした」という事実だけが示せればそれだけで十分だ。


「却って妙に避けられたり、へりくだられたりする方が周りに勘繰られます。それだけはやめてください。私たちが、爵位差による差別を新たに生まない為にも」

「セシリア様、もしかして貴女は爵位による差別問題への影響を――」


 スイが思わずと言った感じで漏らした声に、彼女はふわりと微笑んでおく。


 

 セシリアとスイは、爵位ではセシリアが上だが、学年はスイの方が上という立場だ。

 そんな中、スイがセシリアを避けたり遜ったりすると、周りに年功より爵位の方が重いというイメージを植え付けかねない。

 それを嫌ってセシリアはスイにそんな要望を出したのだ――と、おそらくスイは思ったのだろう。


 実際には、それは嘘という訳ではない。

 が、それが全てという訳でもない。



 しかしそれでも、人は信じたいものを信じる様に出来ている。

 

 スイは清廉潔白な世界を望み、そう在ろうという信念さえ抱いている。

 そんな彼女の目の前にこういうエサをぶら下げれば一体どんな結果になるか。

 そんなのは考えるまでも無い。



 セシリアの笑みに、スイは「分かりました」と請け負った。


 得られた結果に密かに胸を撫でおろしつつ、セシリアは二度と同じ事が自分に降りかからない様にという願いを込めてやんわりと最後の一刺しをしておく。


「私、スイ先輩が大切にしている物の事は良く分かっているつもりです。不正を許容する世の中にしてはなりません。それを実現するために自発的に行動してくださっているスイ先輩の姿は私も、『見習わねばならない』と思っています」

「セシリア様……」

「しかし『正義』とは、非常に甘い誘惑です。正しい事をしているという感覚は媚薬に近く、それを成す事によって得られる称賛や信頼は重いですが同時にひどく気持ちがいいものです」


 言いながら目を瞑り胸に手を当てて、セシリアはまるで自分に言い聞かせるようにして言う。


「しかしそれに浸ってしまえば、私はすぐに本質を見失ってしまうでしょう。ですから私は自分自身に、信念を貫く強さと同時に『平等な真実を元に判断する慎重さ』も、合わせて持ち合わせねばならないと言い聞かせ、誰でもない自分自身に問いかけ続けていきたいと思っています。ずっと、これからも」


 それは確かにセシリアが、都度自分に言い聞かせている事だった。

 しかし同時に、彼女も同じく気を付けるべき事だ。



 例えば今後も今回のような『最初から相手を悪だと決めつけた正義』を武器にして相手を追い詰めるような真似をすれば、やがて彼女は称賛も信頼も跡形もなく失うだろう。

 今回の間違いは、彼女にとっては一つの岐路で自分自身を顧みる機会でもある。

 

 それを大切にしてほしいとは思う。

 しかしセシリアとしては、これ以上時間をかけてそれを彼女に説く時間を割くつもりも無ければ、見守り続ける義理も興味も、申し訳ないがスイに感じることは出来ない。


 だからこれは、セシリアが彼女にあげられる最初で最後の助力だと言っていい。



 そんなセシリアの想いが無事に届いたのかどうかは分からない。

 が、スイは深く頷いて「本当にその通りですね」と最後に静かに言ったのだった。



 ***



「――という感じでした。ね? 特に何も無かったでしょう?」

「いやまぁ……とりあえずセシリア嬢が如何にこれ以上目立つのが嫌だったのかだけは分かったよ」

「あらまぁ」


 呆れ気味のレガシーの声に、わざとらしく驚いたセシリア。

 一層苦笑いになる彼に、セシリアはすまし顔だ。

 

 その上少し茶化しながら、追加情報をレガシーに与える。


「因みにその件の後、スイ先輩との間に入ってくださったクラウン様には解決の報告と共に改めてお礼に行ったのですが、そしたらあの方何て言ったと思います? 『気にするな、スイ嬢もアンジェリー嬢も、『革新派』の人間だからな。俺が出しゃばっても十分格好は付いたさ』ですって」

 

 それを聞いた時セシリアは、実に男気のある彼らしい言葉だなぁと思った。

 が、それはレガシーもどうやら同じだったようで。


「それはそれは……流石クラウン様、言う事がカッコイイね」


 そう言ってクスリと笑うので、セシリアのいたずら心がつい擽られた。


「もしかして、クラウン様に惚れちゃいました?」

「友達甲斐のある人だなとは思う」

「そうですか……」

「ちょっと、何でそんなに残念そうなのさ」


 残念そうに消える語尾に、レガシーは苦笑しながらそう言ったのだった。




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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816700428159297487/episodes/16816927859113533618


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