エピローグ:人と人との小さな変化
第39話 セシリアの求める『興味深い人』
舞踏室でのダンスの授業が終わったセシリアは、同じく従者を引き連れたテレーサと一緒に教室へと帰っている途中だった。
まだ少し汗ばむ額をゼルゼンから渡された純白のタオルで押さえつつ、彼女と歓談を楽しむ。
話の内容は造作もない。
ただの世間話である。
「ところで良かったのですか? 取り巻きの方達を先に帰して」
「良いのですよ。いつもではないのですし、互いにガス抜きはしないといけません」
そう言った彼女はやはり、学校に入学以降つかの間の自由を大いに謳歌しているようだ。
逆に言えば今までは親の目のせいでそれだけ抑圧されていたという事なのだろうけれど、セシリアとしては生粋の令嬢を悪い遊びに誘ってしまったような気がしてちょっと申し訳ない気がしないでもない。
「……まぁ私を最初に見つけたのは、テレーサ様の方なんですけど」
考えていた事が思わず口をついて出てしまった。
社交場に居る普段のセシリアならば絶対にしないミスである。
そう思うとセシリア自身もこの場所で幾分リラックスしながら生活できているのかもしれない。
まぁ家に居た方が楽な事に変わりはないが。
一方セシリアの呟きを、テレーサは聞き逃さなかった。
「何がです? セシリアさん」
「いえ少し、テレーサ様との出会いの頃を思い出して」
隠すような事でもないので、正直にそう告げた。
すると彼女は「あぁなるほど」と納得し、しかしすぐに首を傾げた。
「でも何故今、そんな事を?」
「『もしあの時私がテレーサ様の目に留まる事が無かったならば、取り巻きの方たちがテレーサ様はずっと独占出来ていたでしょうに』と、そんな風に思っていました」
「まぁ。もしかしてセシリアさんは、私を邪険にしたいのですか?」
まるで悪戯を仕掛けてくるかのようなその口調も、もしかしたらセシリアの影響かもしれない。
少なくともあの時の、品行方正で笑顔を絶やさずまるで親の操り人形のようだった頃の彼女には、決して出来ない口調だろう。
そんな彼女にセシリアは「そんな訳が無いではないですか」と言って笑う。
「ただもしかしたら私の影響で、テレーサ様が奔放の楽しさの味を知ってしまったかと思うと、ちょっと責任を感じます」
「何です? それは」
そう言ってクスクスと笑う彼女は、立派な淑女のソレである。
「セシリア様のお陰で私の世界が広がる事こそあっても、悪影響を受けるなんて事はありませんし、もし万が一そんな事があったとしたらそれは私自身の責任ですよ。私はもう、自分の心を自分で決められない子供じゃありませんから」
そう言った彼女は、もしかしたらセシリアと同じく精神的に乏しかった頃の自分を心の中で見つめているのかもしれない。
堂々としたその物言いは「今の自分が私は好きだ」と言っているかのように聞こえて、セシリアはフッと微笑む。
「嬉しいです。今のテレーサ様に会えて」
それは言外に、彼女の変化を肯定するものである。
勿論この言葉に嘘はない。
セシリアはちゃんと「以前よりもずっとずっとテレーサは、興味深い人になった」と思っている。
セシリアのこの言葉に、テレーサは少し驚いたような顔になった。
しかしすぐに破顔して、「セシリアさんにそう言ってもらえるなんて光栄ね」と言ってくれ、2人して笑い合う。
が、そんな時だった。
後ろから「セシリア様!」と女の子の声がかかる。
それはさも「勇気を振り絞った」という感じのその声に、セシリアもテレーサも2人が連れている従者たちも、みんな揃って振り返った。
するとそこには栗色の髪にそばかすのある、気の弱そうな女の子が立っている。
従者たちがすぐさま主人の邪魔にならない所に避けたのは、彼女が貴族令嬢で敵意も害意も無さそうだからだろう。
が、そうして視線の道をみんなに開けてもらったところで当のセシリアは、自分が呼び止められる理由がいまいちピンと来ていない。
先日似た様な事があった時に舞い込んできたのは、紛れもない面倒事だった。
確かに彼女から害意や悪意は受けないが、その事がまだ記憶に新しい以上、少し警戒してしまうのも仕方がない事ではあるだろう。
結果として、その警戒は杞憂だった。
が、彼女はある意味セシリアの内心に嵐を巻き起こす事になる。
「げっ、下僕からお願いしますっ!」
この時セシリアが令嬢にあるまじき呆け顔で「は?」と言わなかった事を、出来れば褒めてあげてほしい。
だって、一体何がどうなってそんな言葉が出て来るに至ったのか。
稀な高さを誇るセシリアの知能指数を以ってしても、その答えは容易には出なかったのだから。
セシリアは、確かに周りに『自分を貫く個性派』を集めたがる傾向がある。
その線引きは至極簡単、セシリアが人として興味を持てる相手というのが、大抵そういう人だからだ。
だが『個性的』と『突飛由もない』は、必ずしも同義ではない。
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