第35話 「もう一度落ち着いて」という彼の提案 ★
「口だけなら思っていない事を言ってゴマも擦れるし、ある事無い事誇張もできる。その中で真実を探すのはかなり難しい事だって、最近は特に日々苦心しているところだ」
そう言った彼は、過去に自分が噂によって窮地に陥ったからなのか、それとも最近の集団生活のせいで再び取り入ろうとする取り巻きとの距離が近づいてしまったからなのか。
どちらにしても周りがする噂に対し、あまりいい印象を抱いていない事が分かる。
「今回の件は、俺もその場にいたわけじゃない。自分の目で見ていない以上、客観的な事実を知るのは中々に難しい。噂っていうのはそもそも主観が入る物だから。が、その事に胡坐を掻いて情報収集する事を怠っていいという事にはならないのだと、俺は思っている」
クラウンがそう言うと、彼女は「それは私のいう事が嘘だという事ですかっ?」と声を荒げる。
が、それを「そうじゃない」と手で制して彼は続ける。
「ただ、ほんのちょっとの悪意や――善意でさえも、時には事実を捻じ曲げる。だから色々な人の話を聞いて見方を知って、そういう努力をするべきだ。でなければ、良かれと思って、正そうと思って起こした行動が、時には相手に濡れ衣を着せる行為にもなってしまう」
貴女の正義感が、今のこの状況を生んだのだろう。
彼はその事をきちんと分かっているようだった。
だからこそ、彼は言う。
「俺は貴女が、そのような事をしてしまうのは本意じゃないのではないだろうかと思ってるんだが……どうだろう?」
本意ではない間違え方をしているかもしれない自分を少し、顧みた方が良いと思う。
そんな風に、彼女の事を引き留める。
すると彼女は、彼の『情報収集不足なのではないか』という暗喩に、どうやら少なからず思い当たる節があるようだ。
少しグッと押し黙る。
「貴女はエクサソリー家をとても大事に思っている。だからこそ頭に血が昇ってしまい冷静で客観的な判断が出来なかったのだろう事は、今来たばかりの俺にも分かる。一部始終をずっと見ていた周りの彼らにそれが分からない筈はない」
彼は、周りに釘を刺した。
決して彼女にわざとセシリアを貶める意志は無かったのだ、と。
そしてこれは、もしそれを加味せずに無責任な噂を流すようなヤツが居たら、そいつには『ずっと聞いていたというのにそんな事も分からないバカ』というレッテルが貼られるかもしれないぞという、クラウンなりの平和な牽制でもあった。
それを施した上で、彼はスイにこう告げる。
「もう一度落ち着いて、色々な言葉を聞いてみたらどうだろう? それからもう一度セシリア嬢の所に話しに来たとしても、十分遅くないと思う。事件は公衆の面前で起きたのだ。どちらが何かを隠そうと画策しても、結局のところ人の噂に戸は立てられない。もし貴女が言うような事が本当にあったのならば、無かった事には絶対できない。これは貴女の口癖だったろ?」
口癖を持ち出され、スイは少し考えるようなそぶりを見せた。
それに合わせてセシリアも、「私も決して逃げ隠れなど致しません」と柔らかな口調で彼女に告げる。
視線は逸らさない。
そのペリドットの瞳でただ「誠実にあれる様に」と、セシリアは静かにスイを見つめた。
すると、その気持ちが少しは伝わったのだろうか。
「……分かりました。この話の続きは、またにしましょう」
そんな風に譲歩する。
もしかしたらクラウンの顔を立てた結果かもしれないが、彼の「それからもう一度セシリア嬢の所に話しに来たとしても、十分遅くないと思う。」という文句も少なからず効いたのだろう。
どちらにしろ、とりあえずは話がそれで落ち着いた。
その気配を感じて、周りの空気が少し緩む。
と、そこでクラウンが苦笑した。
「あとな、スイ嬢。先程のあの言い方だと、十中八九セシリア嬢の貴族としてのプライドに障る。この令嬢の貴族足らんとする思考は、思わず「どうしたお前」と言いたくなるくらいに強い。下手すると自らの言葉の真偽に、命までかけて誓うぞ」
「命なんて、そんな大袈裟な――」
スイも少し先ほどよりは随分と硬さが取れた微笑を浮かべてそう答え、しかし途中で言葉が止まる。
理由は簡単、感心したようなセシリアの顔が見えたからだ。
「まさかクラウン様に、私の行動を先回りされるとは」
セシリアは、ただ純粋に驚いていた。
彼女としては、周りが幾ら不穏な空気を感じたとしても自分の次の行動を的確に予想できるのはゼルゼンくらいだと思っていたのだ。
「驚きました」と言った彼女に、クラウンは思わず苦笑して。
「まぁ色々あったからな、お前の地雷原くらいは俺も分かっているつもりだ」
「そんな、『呆れたぞ』みたいな声を目をしないでください」
「実際に呆れてるんだよ」
何で言葉の真偽一つに命かけようとする。
そんな声が今にも聞こえてきそうなジト目に、セシリアはちょっと口を尖らせた。
そんな中、スイだけがこの状況についていけていなくって。
「……あぁスイ嬢、セシリア嬢はいつもこんな奴だからな」
彼女に一々驚いてたら、いずれ身が持たなくなるぞ。
置いてきぼりの彼女に向かって、かつてレガシーから言ってもらったのと似たようなフォローをする自分に笑ったのだった。
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当該話数の裏話を更新しました。
https://kakuyomu.jp/works/16816700428159297487/episodes/16816700429283389134
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