第19話 嘘も方便 ~ゼルゼン視点~ ★
すると彼女はさも「当たり前でしょ」と言わんばかりにこう告げる。
「たとえどんな状態でも、セシリア様のメイドとしてその職分を全うする。ただそれだけよ」
聞いてみれば、思わず拍子抜けしてしまうくらいに何とも真面目な彼女らしい答えだった。
しかしゼルゼンが思わず苦笑したのは、何もこの言動の中に「らしさ」を見つけたからという訳ではない。
(……もしかして、メリアのこの思考パターンまで丸ごと織り込み済みだったのかも)
もし俺が彼女の立ち位置に居たとしたら、あれ程スッパリと「先の出来事」と「その後」を切り離してただ純粋に友人との食事の時間を楽しむセシリアは、見る事が出来なかったかもしれない。
そう思うと改めて「適材適所って大事だなぁ」と痛感し、セシリアの思考の深さに改めて脱帽するのだった。
因みにその後一体どうなったのかと言うと、片や『高貴な身分』を理由にして令嬢の行動を制限しようとするメイド。
片や令嬢の行動に臨機応変に対応しきるのが自分たちの仕事だと弁えている執事や騎士の言である。
セシリアの采配が無い状態だったなら未だしも、あのやり取りの後では誰だってメイドの失言に気付く。
特にここは、メイドや執事、騎士の養成科だってあるのだ。
この学内で一体どちらがふさわしい振る舞いなのかは少なからず、教育のお陰で理解できる。
世論が可哀想なくらい片方の肩を持つのは、最早必然と言っていい。
それを、あの見るからにプライドの高そうな壮年メイドが、まだ学生年齢のゼルゼン達の言によって追い詰められたという事実は、あのメイドにとっては一層屈辱に感た事だろう。
「ちょっと、貴方!」
ちょうど一人で行動していた所を後ろから不機嫌で神経質そうな声に止められ、ゼルゼンはゆっくり振り返る。
「何でしょうか、テレーサ様のメイド殿」
彼女の従者としてのスタンスが気に入らないゼルゼンは、しかしあくまでも声にその気持ちが乗らないようにと気を付けた。
しかしその結果、少し事務的な響きになってしまったのは、良くなかった。
(もしマルクさんに知られたら「まだまだ修行が足りませんね」と窘められてしまうだろうな……)
現在は領地でセシリアの父の補佐業務に勤しんでいるだろう執事の師にそんな思いを馳せていると、目の前のメイドがいら立った声でこう言った。
「その歳で側付きだからって調子に乗るのはお止めなさい」
彼女とは特に個人的な付き合いも無く、主人も違う。
明らかな管轄違いだというのに、何故お前にそんな事を言われなければならないのか。
反射的にそう思うのも当たり前だろう。
しかしゼルゼンは年齢以上に大人であり、また自分の立場も弁えている。
「――ご忠告、ありがとうございます。心の隅に留め置きます」
本音は「俺には『要らないモノ』だから、心の隅にポイ捨てだ」だが、『嘘も方便』という諺が外国にはあるらしい。
その精神に則って、華麗に流しきってしまおう。
というか、こんなメイドのこんな言葉にイライラしたり反論したりする時間が勿体ない。
ゼルゼンがそう言って去る背中を、メイドは何故か勝ち誇ったような顔で見送った。
しかし幾ら陰でゼルゼンに対し優越感を抱いたとしても、表での周りからの評価も視線も変わらない。
結局彼女は当分の間、自分の失態の揺り返しを自ら背負う事になる。
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当該話数の裏話を更新しました。
https://kakuyomu.jp/works/16816700428159297487/episodes/16816700428493147654
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