第18話 メイドにはもう逃げ場なし ~ゼルゼン視点~



「あら、一体何に?」

「セシリア様はテレーサ様を、壁を背にする席に誘導しました。それはテレーサ様やあちらの護衛への配慮であり、そして何より俺への信頼の証でしょ?」


 そう言って、セシリアに向けてニッと笑う。


 

 確かにそれは紛れも無く、セシリアの配慮の一つである。


 これはテレーサの希望に対し否定的な彼女のメイドの反撃の余地を減らす為に、警備しやすい方を彼女に融通した結果である。

  

 その事にはテレーサも、間違いなく気付いているだろう。

 その上で彼女はその配慮を気持ちよく受け取っていたのである。

 だから彼女も、このユンの言葉には特に驚きもしなければ不快感も抱いていない。


 

 しかしそういった配慮も、「難しい方を任せてもユンなら大丈夫だ」と思っていなければ出来ないだろう。

  

 セシリアだって自分が貴族であるという自覚がちゃんとある。

 もし主人であるセシリアに何かあれば、ユンは勿論従者であるゼルゼンやメリアも揃ってその責を負う事になる。


(それを理解しているセシリアに任されたという事実は、ユンにとっては何にも代えがたい強い信頼の証だ)

 

 そう思いながら、ゼルゼンは件のメイドの方を見る。

 


 すると彼女は、やっと「今までずっと自分が遠回しに攻撃されていたのだ」と気が付いたようだった。

 両の手の拳を握りグッと奥歯を噛み締めて、眉間に深い皺まで寄っている。

 しかしそれでも押し黙っているところを見ると、やはり他の主従の会話に横やりは入れられないからなのだろう。


 しかしまぁ、それにしても。


(改めて思うけど、凄いよなぁセシリアは)


 そんな風に思わず感じる。


 実際に、セシリアは「相手の主従という不可分を侵略せずにテレーサの貴族令嬢としての良くない印象を払しょくし、原因を作ったあのメイド一人にお灸を据える」という所定の目的を達してみせた。

 しかもそれを「ただ単に質問するだけ」という最低限のコストで、だ。


 質問に答えるゼルゼンとユンの思考を予測しより効果的な質問を選んで告げた辺りは特に、称賛に値する。


 ゼルゼンは確かにセシリアの意図や機微を読むのが上手いが、それはあくまでも彼女限定で発揮される能力だ。

 それを誰に対しても行えるセシリアは、やはり別格なのである。



 因みに、件のメイドは「せめて少しでも自分寄りの言を他人から引き出そう」とでも思ったのだろう。

 まずはユンに対抗しようと思ったようで、テレーサ付きの騎士へと目をやっていた。

 しかし彼は、もの凄い彼女の眼力にフイッと視線を逸らしてしまった。

 ただそれだけで、ユンの言葉に反論する余地が無い事が明るみになる。

 

 それに焦って今度は他の使用人たちへも目を向けたのだが、それもやはり実を結ばず、結局少なくとも今ここで表立って彼女の味方をする人間は居なくなった。

 しかしまぁ、これ以上の悪足掻きはすればするほど泥沼にハマっていくだろうし、そうしたところでセシリアの第二・第三の反感を買い、今より余程立場を無くす結果になるだろう事は目に見えている。


(最早何も行動を起こさないのが最善だな)


 そんな風にゼルゼンが独り言ちたところで、正に絶妙なタイミングでついに待ち人がやってきた。


「お待たせしました、セシリア様」


 そう言って昼食を運んできた何も知らないメリアによって、場が完全に「食事の時間」に切り替えられる。

 

「来ましたね。では食べましょうか」


 セシリアは、そう言うとまるで何事も無かったかのようにニコリと笑った。

 それにテレーサも「そうですね」と微笑み返し、友人同士の食事の時間がやっと始まる。



 周りからの注目がある事もあり、二人ともよそ行きの顔だ。

 が、テレーサの目には自分の要望を通しつつも場が上手く着地した事への安堵の色が浮かんでいたし、その反応にセシリアもちょっと嬉しそうだった。




 因みにだが、後でメリアに聞いてみると。


「話? そんなの勿論聞こえたわよ。あのメイドの声、ちょっと大き過ぎだったし」

「え、じゃぁもしかしてあのタイミングで昼食を持ってきたのは――」

「セシリア様が何かやってるみたいだったから、ちょっとだけ終わった頃を見計らったくらいでしょ? 一体何がおかしいのよ」

「いや、さも『私何も知りません』っていう感じだったから……」


 まぁそのお陰であの件は、少なくとも二人の間では後を引かずに済んだ。

 そのお陰で楽しい昼食になったようなのは僥倖だったが。

 

(少なくとも俺だったら、空気を読んでセシリアのフォローに動く)


 何故、彼女は敢えて空気を読まなかったのか。

 自分とは別の方法でセシリアを助けた彼女の言動に、ゼルゼンは俄然興味を持った。

 

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