第17話 セシリアの『武器』はただ応える ~ゼルゼン視点~
恥ずかしいやら苦いやら。
そんな気持ちになりながらも完全に「嫌だ」とは思えない。
だからどうにもこうにも手に負えないこの気持ちを、ゼルゼンは師直伝のポーカーフェイスで覆い込む。
そうして執事としての欣嗣を守りつつ、彼は主人の言葉を待った。
「貴族の私がここに座る事に関しては?」
「特に忌避は感じません。品位とは、環境では無く意志と振る舞いによって示されるものです」
あのメイドは場所を問題にして貴族の品位を語ったが、劣悪な場所に座っただけで品位が落ちる筈が無い。
たとえ貧民街でへたり込んだ子供と視線を合わせる姿勢になっても、その振る舞いや言葉や笑顔に宿ったセシリアの品位が決して陰る事はない。
そういう風に信じているからゼルゼンは揺るがない。
それどころか。
(セシリアの事だから、「品位と場所をただ安直に紐づけて語るのは、品位という言葉の表面だけを浚って満足している上辺だけの人間がやる事ですよ」とか言いそうだよな)
そんな事を想像する余裕さえ、今のゼルゼンにはある。
それに第一、ここは『劣悪』と言えるほど汚れてなどいない。
確かに貴族用の席よりはずっと、机も椅子も簡素だろう。
しかし毎日、メイド科と執事科の生徒が当番制で掃除をしている。
それも実力が偏らないように、各学年から4人ずつ選ばれて。
その成果は、既に現役で使用人として働いているゼルゼンの目から見ても、それなりに出来ている。
と、ここまで考えた時である。
「ではゼルゼン、周りの目を気にするのならどうかしら?」
セシリアから、新たな問いが出題された。
この問いは、正にこの話の根幹を指すものだろう。
しかしそれでも、彼にとっては至極簡単な問いである。
だからフッと笑みを浮かべ、スラスラと声に答えた。
「もちろん一部の貴族の方は、貴族用に用意された場所以外での飲食を卑下する方も居るでしょう。しかしセシリア様の場合、それを理解している上でそれでもここを選んだのでしょう。ならば私に口を出す余地は無いと愚行します」
むしろその意思や願いを叶えるために行動できずに、一体何が従者なのか。
そんな風に思ったが、流石にそれは呑み込んだ。
言ってしまえば、あのメイドへの直接批判になりかねない。
そしてそれは、主人の望むところでは無い。
そうじゃなければ、わざわざこんな回りくどい指摘の仕方は最初からしていないだろうから。
それに、である。
「そもそもが、セシリア様は既に一部貴族の揶揄を軽く跳ねのけるだけの気品をお持ちですし、それに何よりセシリア様も伯爵家もそんなものなど気になさらないでしょう」
ゼルゼンとしては、そちらを強調したかった。
自分は主人を良く知っている。
だからこそきちんとサポートできるのだ。
お前と違って。
ずっとそう、あのメイドに言いたかったのである。
これは別に嫌味でも無ければ蔑みでもない。
ただの仕事根性だ。
(側付き、なめんなよ?)
そんな風に言いたい気持ちを心の中だけに留め、代わりに主人へと深い理解と信頼を示す。
まるでセシリアを利用して言いたい事を言っただけのようにもなってしまったが、その辺はまぁお互い様だ。
彼女だって俺がそれを示すことで「あのメイドを非難する」という思惑が成ったのだから、お互い様に違いない。
ゼルゼンの答えに対し、セシリアもフッと笑みを返す。
「それはまた、高評価のようで嬉しいわ」
そう言った彼女の瞳にゼルゼンは「恐れ入ります」と言葉を返した。
すると彼女の視線が外れ、今度は逆方向へと向く。
「貴方はどう? ユン」
「え、俺……ですか?」
話を振られて、ユンは小さく驚いた。
おそらく「まさか自分に話題を振られるとは思っていなかった」と思ったのだろう。
しかしゼルゼンの事前の警告のお陰なのか、ちゃんと話は聞いていたようである。
少し考える素振りを見せながら、彼はこう語りだした。
「俺はセシリア様の専属騎士だ。だからセシリア様を守れさえすればいい。それで言えばこの場所は、出入り口が近いから最悪の事態になったとしても比較的脅威から逃がしやすい。すぐに抜刀できる広さもあるし、あとは……あ、そうだ。片側が壁っていうのも良いな。警戒すべき範囲が減るから」
感じたままに素直に口にしたためか、そもそも苦手だった敬語が剥が落ちてしまっている。
が、それにすぐ気が付いて、彼はハッとした後すぐに「――という感じです」と付け足した。
敬語に関してはアウトだが、内容自体は素晴らしかった。
正直言って「え、実はお前ちゃんと考えてたんだな?!」と言いたくなってしまったが、そのどれもがセシリアを中心にした判断だ。
セシリアを守るために、如何にして死角を無くし危険度を下げるか。
それを「セシリアが身を置く場所を限定する事」によってではなく、「セシリアが居る場所を前提として考える事」に重きを置くその様は、護衛騎士の職務としては存外難易度の高い事だろう。
(コイツ意外と凄いよなぁー……)
ユンは昔からの友人だし、普段が結構迂闊だ。
だからあまり意識する事は無いが、こうして言葉で聞いてみて「それが今の自分出来るだろうか」と考えた時、その凄さが浮き彫りになる。
そんなものを密かに一人味わっていたところ、まるで何かを思い出しでもしたかのような「あぁ」という声が聞こえてきた。
「それに俺は、俺は誇らしくも嬉しくも思ってますよ」
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