第16話 執事の読みは必ず当たる ~ゼルゼン視点~
セシリア付き執事・ゼルゼンは正直言って先ほどから、ずっと嫌な予感を感じていた。
――始まりは、あちらのメイドがテレーサを窘めた事にある。
ゼルゼンは最初「飽きないなぁ、この人も」と思った。
他人事だ。
事実これはあちらの主従の問題で、他人事以外の何物でもないのだから仕方がない。
しかしいつも通りに主人があしらったところで話が終わると思っていたのに、今日はそうならなかった。
なんとメイドが言い返し、それにセシリアの目が僅かに細められたのだ。
(言い返しただけだったら、それこそあっちだけの問題だったのになぁー……)
そう思いながら、内心でため息を吐く。
斜め後ろから垣間見えるセシリアの横顔が、全くもってよろしくない。
もちろんここは公共の場だ、彼女が感情を露にするなどという愚行を犯す筈はない。
が、たとえ周りが気付かなくても、ゼルゼンだけは例外だ。
(……まぁそもそもこの場所で、窘められる筈も無し)
早々に諦めの言葉が出てしまうほどの強烈でどうしようもない嫌な予感は、ゼルゼンにはもう振り払えない濃度まで染まっていた。
こういう場合は経験上、阻止しようとするよりもフォローする方に回った方が賢明だ。
瞬時にそう判断し、俺はチラリと横を見た。
メリアは未だ戻ってこないが、隣にはセシリアの周辺を警戒するユンが居る。
とりあえず「何か起こるぞ」と知らせるために肘で彼の横腹を小突いてみれば、「何だ?」と言いたげな彼と目が合った。
周辺警戒をしつつで良いから、耳だけは一応こちらに向けておけよ?
そんな気持ちを込めて一度自分の耳を触ってセシリアに目を向ければ、ユンは怪訝な顔をする。
(……メリアだったらすぐ察するのに)
思わずそう思ったが、不平を言っても仕方がない。
とりあえずセシリアがもうすぐ行動を起こすろう。
その時に「お、この事か?」くらいに思ってくれれば御の字だ。
と、そう思った時だった。
セシリアがおもむろに口を開く。
「――ねぇゼルゼン、貴方は言わなくても良いの?」
表面だけ掬って聞けば、それはあくまでも優しい口調の質問だった。
しかしそこにゼルゼンは、巧みに隠した企みの色を見る。
先程のメイドのアレは、使用人という立場の人間の言動としては最悪に近いものだった。
となれば、セシリアの事である。
貴族としても友人としても、きっと許せはしないだろう。
そんな事は、セシリアを良く知る彼なら考えようと思わなくてもすぐに分かった。
しかし問題はやり方だ。
直接的に他家のメイドを糾弾する事は、テレーサへの糾弾になる。
特に貴族の世界では、使用人の失態は主人の躾不足と揶揄される。
ここに居る者の多くが平民とはいえ、この話を聞いた貴族が矛先をメイドではなくその主人のテレーサに向けてしまえば醜聞はより大きくなるだろう。
それをセシリアは望んでいない。
そう思っていたのだが。
(なるほど。セシリアは、俺を『使って』遠回しにあのメイドを糾弾するつもりか)
そんな風に理解する。
実際彼も、彼女の振る舞いに関しては思う所がずっとあった。
この際だ、ちょっとくらい意趣返しをしても良いだろう。
そう思い、主人の意向の他もほんのちょっと携えて、ゼルゼンは息をいつもより多めに吸い込んだ。
「何をでしょう。セシリア様」
セシリアの声は、大きくないのに存外通る。
何か秘訣があるのかと思い聞いてみたらセシリアは、以前「おへそに力に入れると良い」と教えてくれた事があった。
だから周りに聞かれている事を意識して、ほんのちょっと実践してみる。
その努力を、セシリアは気に入ったのか。
振り返って合った視線は、先ほどまでよりほんの少し嬉しそうになってる気がした。
「決まっているじゃない。私がここに座る事に関してよ」
想像していた答えを返され、ゼルゼンはすぐさま「その必要性を私は、特に感じておりません」と即答した。
出来るだけキッパリと、さも「それしか答えはありません」と言いたげに。
「それは一体何故なのかしら?」
セシリアの、ペリドットの瞳がこちらを見ている。
今は一応、俺の言葉一つで戦況が変わる大事な局面の筈である。
だというのに、何故ちょっと楽し気なのか。
思わずそう不満を覚える。
が、その答えも分かっている。
彼女は俺が言うだろう言葉に確固たる自信と信頼を置いている。
だからこそ、こちらの反応を楽しむ余裕があるのだろう、と。
「セシリア様は、ご自身の身の安全をきちんと確保した上で、選んでここに座っておいでです。私の仕事はあくまでも、セシリア様が快適に過ごせるように配慮する事。与えられた場所で、いかに臨機応変に対応するか。そこが我々の腕の見せ所と存じます」
そう言えば、お眼鏡に叶ったのだろう。
彼女の瞳に一定の満足が灯った。
そんな彼女を前にして、ゼルゼンは内心でため息を吐く。
(間違いなく悪趣味だ)
曲がりなりにも仕えている主人相手だ。
そんな相手に信頼を返されて、嬉しくない筈はない。
だけど彼女は、それをこっちも分かってる事を知っていて、それでも返してくれるだろう言葉を楽しみにしているのだから、『悪趣味』以外に一体どう言い表せばいいのだろう。
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