第15話 私の大事な友人に一体何をしてくれる ★




 毎日この手の進言をやんわりと却下している時点で、少なくともテレーサの意志は明確だ。


 どんな鈍感だって、流石に同じ問答が連日に渡って続けばいい加減気付くはずだ。

 だというのに、彼女は気付いていないのか、それとも気付いているけど不都合なのか、その悪足掻きをまるで辞めない。


(あのメイドも、そろそろ諦めて主人の気持ちを優先する方向で考えても良い頃間だと思うけど)


 そんな風に思った時である。

 更に……否、もしかしたら『ついに』というべきかもしれない。


「し、しかしお嬢様は侯爵家のご令嬢。我が国は一公爵、三侯爵家なのですから、お嬢様よりも高貴な身分の方など数えるほどしか在籍しておりません! だというのにお嬢様が周りに配慮する必要など、一体どこにありましょうかっ!」


 いつもは不服顔で一礼していた彼女が今日は、しびれを切らしたように小さな主人に言い返してきた。


 その一言が、致命的で決定的にセシリアの勘に障った。

 僅かにスッと目を細め、叱るような声を発した彼女の怠慢を静かに見つめる。


 

 彼女は全く分かっていない。

 ……否、そもそも分かろうとする気が無いに違いない。


 だって突いた場所が全く、見当違い過ぎるのだから。



 テレーサは、何も他人に遠慮してここに居るのではないのである。


 「他の貴族の方に譲って」というのはただの方便だ。

 だってメイド自身の言の通り、本当に貴族を持ち出すのなら侯爵令嬢である彼女が譲る必要は微塵も無いし、それが分からないテレーサでもない。


 となれば、彼女のあの言には別の理由があったという事だろう。


(貴族としての体面を保つために、必要な建前だった)


 答えはそれ以外に考えられない。


 そもそも彼女は、「家や社交場より気軽だ」という所に学校生活への楽しさを見出しているようだった。

 となればアレは、本当は「むしろ『ここが』良いの」と言いたい所を、本当に言ってしまうと流石に「貴族なのに平民が使う場所を好むなんて」と他貴族達から揶揄されるかもしれないと思ったが故の言葉だったんじゃないだろうか。


(だから敢えて「別に『ここでも』良いじゃない」と言う言葉に言い換えた。そんなのテレーサを知っている人間がちょっと頭を働かせれば分かるだろう事なのに)


 しかしあのメイドは何も、全く理解していなかった。

 じゃないとあんな言葉は絶対口から漏れ出たりはしない。


 それどころかこの女は。


(主人のそんな配慮や取り繕いを自身の言動で台無しにした。声を荒げるという暴挙をもって)


 お陰で今や、周りの目が集まっている。

 誰もが「何だ」「どうした」「何があった」と、興味津々の様子である。


「お嬢様は侯爵令嬢なのですよ?! それに見合った品位を示されませんと、お父様にも家紋にも迷惑が掛かります!」


 ただ単に荒げた声だけに反応した者以外なら、今の彼女の言葉をきっと正しく理解しただろう。

 主人の本音も心の機微も読む事が出来ず、あまつさえ自分が主人を「こんな所で大声で諫められねば貴族としての振る舞いもできない子供め」と遠回しに貶めている、その言葉を。



 セシリアは、周りに気付かれないような小さなでため息を吐く。


(――最悪だ)


 もうこれは「配慮が足りない」とか「力不足だ」とか、そういう話以前の問題だ。


 このメイドは、愚かで滑稽で不利益だ。

 その原因が「主人を知ろうとしない事」に起因しているのだから、これはもう致命的だ。

 これではまるでテレーサの身近に潜む敵でしかない。



 分かっている、これは他家の問題だ。

 本来ならばセシリアが口を出すべき事では無いのだろう。

 だけど、それでも。


(――私の大事な友人に、一体何をしてくれる)


 くすぶっていた心に遂に火がついて、その熱量を燃料にして脳みそが高速で回転する。



 後ろには今、私の筆頭側仕えであるゼルゼンが居て、護衛であるユンも居て、私の膳を用意しているメリアだってもうすぐここに戻ってくる。


 その熱量とは裏腹に冷えて目と冴えた脳が、そんな風に『武器』を拾い集めていく。

 そうして即興でシナリオを組み立て、フッと微笑む。


 そして。


「――ねぇゼルゼン、貴方は言わなくても良いの?」


 メイドの口を閉じさせて、この場を収めテレーサを守る。

 そんな策の口火を彼女は、そんな言葉で切って落とした。



 



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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816700428159297487/episodes/16816700428492846619


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