第14話 セシリア・オルトガンに視えるもの



 しかし学校に通う事は、『貴族の義務』の一環だ。

 そうである以上、避ける事は許されない。

 否、両親が許さないだろう。

 だからセシリアはここに居る。


「まぁ確かにセシリアさん、学校で見るよりも社交場の端で休憩している時の方がよほどリラックスしていますものね」

「あそこは私たち以外、誰も来はしないですから」


 当たり前のようにそう言うと、彼女は少し苦笑交じりで「それは何も偶然じゃないんですよ?」と指摘する。



 確かに社交時間の後半戦、社交場の端で固まっていればセシリアが気を許してもいいと思っている人間以外は基本的に近付いてこない。

 しかしそれには理由というものが存在する。

 セシリア自身、敢えてそうしている部分もあるのだから自覚はしているのである。


「アレはセシリアさんの作戦勝ちですね」

「作戦というほどの事ではないと思いますよ。だってただ『面倒事は先に済ませてしまいたい質である』というだけの話ですから」

「ならばそれこそ、セシリアさんのお好きな『一石二鳥』なのでは?」


 そう言われてセシリアは「彼女は私を存外よく分かってくれてる」と思ってしまった。



 セシリアが普段やっている事と言えば、社交の時間序盤から積極的に動いて声を掛けるべき人に一通り声を掛けておき、それを全て済ませた後で会場の端に撤退してくる。

 ただそれだけの事である。


 それは先に言った通り、セシリアの質がそうさせるのだ。

 しかしそのやり方が周りの『まぁ今日はもう一度はお話ししたし、休憩されているところをお邪魔するのは申し訳ないか』という遠慮を誘いその結果として人除けの結界になっている側面もある。


「その辺の塩梅が、セシリアさんは上手ですからね」

「上手かどうかは分かりませんが、周りの反応の一端はテレーサ様にもあると思いますよ?」

「私、ですか?」


 セシリアの一言に、テレーサが不思議そうに首をかしげる。


 心当たりが無いのだろう。

 が、そう思うのも無理はない。


 セシリアは自分の言葉が足りていない不親切に気が付いた。

 だから思い出したようにこう付け足す。


「まぁ厳密には、テレーサ様を含めた『集まるメンツ』の問題だと思いますが」

「――あぁ、なるほど。確かにそうですね」


 おそらくそれだけ、セシリアの言に説得力があったのだろう。


 互いに顔を見合わせて、二人は共に笑いあった。

 そしてそれぞれに従者を引き連れながら、到着した食堂へと吸い込まれていく。




 彼らに欲しいものを聞かれ簡単に答えた後で、先に二人は開いていた席に着く。

 するとすぐさま「お嬢様」と一見するとすました声が掛けられた。


 セシリアにではない。

 テレーサに、だ。


「あちらの『貴族専用席』がまだ空いておりますので」


 言ったのは彼女付きの壮年メイド。

 表面だけを掬い取れば気遣いとも取れる言葉だ。

 しかしその実、苦言である事は明らかだ。


(彼女は確か、いつもテレーサの行動に口を挟んでくるメイドだ)


 セシリアは、そんな風に独り言ちる。


 テレーサについてきた使用人たちをここ五日間見てきたが、おそらく彼女が最高権力者。

 セシリアにとってのゼルゼンがそうであるように、おそらく使用人筆頭としても仕事をしているのだろう。


 そして確かにそういう立場であるならば、主人が行う「貴族にあるまじき言動」を諫める事も、仕事の一つだと思う。

 しかし。


(彼女のコレはいただけない)


 彼女の本心の度合いを完璧に推し量る事が出来ているとまでは、セシリアだって言いはしない。

 しかしセシリアは、なにぶん『目』が良い。

 他人が隠した表情一つ、声色一つ、言葉選び一つでも、大方の心の機微や内心を察する事が出来てしまう。


 そんな彼女の目から見れば、あのメイドの行動理由は私欲だろうと思えてならない。

 そんなものが彼女の表情と目の動きから感じられた。

 


 もし「こうして苦言を呈す事も仕事の一つだ」という気持ちがあっての事だとしたら、それは忠誠心である。

 使用人の正しい姿だ。


 しかし単に「主人に貴族である事を強いて行動させる事で、『高貴な人間に仕える自分自身』を守りたい」のだとしたら、主人はただの踏み台になり下がる。



 しかもセシリアが彼女のこの手の言葉を聞いたのは、今日で通算5回目である。


 実は使用人を連れてきている生徒たちは、朝食と夕食は基本的に自室で摂っているのだ。

 だからセシリアがテレーサとここに来るのは、昼食の時だけ。

 そして今日は、入学式から数えて5日目。

 つまり彼女は、毎日飽きもせずに同じ提案を主人にしている事になる。


 そしてその度に彼女がやんわり彼女の言葉を却下し続けている事も、毎回その場に居合わせていたセシリアはよく知っていた。

 そして彼女は。


「こちらの方が空いているのだし、あちらは他の貴族の方に譲って差し上げればいいわ」


 今回もほぼ同じ文句を口にする。


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