第13話 正反対な二人の令嬢 ★



 

 休憩時間になれば貴族には、使用人が付き従う。

 下級貴族の中には家から連れてきていない生徒も居るが、貴族科に進んだ人間たちは普通誰もが使用人を連れてきている為、セシリア達にとってはそれが普通と言っていい。


 セシリアの元にも、彼女達より授業が10分遅く始まり10分早く終わる他科の授業のお陰もあって、授業終了時には既にお付きの3人が到着していた。

 

 昼食の時間である。

 だから早々に、食堂へと足を向けた。



 しかし向かうのは、何もセシリア達だけじゃない。

 昼休みなのだから大抵はそちらの方へと行くが、そういう意味だけじゃなく、セシリアにも一緒に昼食を摂る同級生というものが居た。


「フフフッ」


 その彼女が、隣でまるで何かを思い出たかの様に笑う。

 何故突然笑ったのか。

 気になってそちらに視線を向ければ、口元に手を当てた上品な令嬢とばっちり目が合った。


「何です? テレーサ様」

「つい先ほどのセシリアさんを思い出してしまったのです」

「私、ですか?」


 何か可笑しな事をしただろうか。

 そう小首をかしげると、彼女は「えぇ」と含み笑いする。


「だってセシリアさんったら、途中でちょっと授業中だという事忘れてしまっていたでしょう?」

「――そんな事無いですよ」

「少なくとも私には、本気で利を取りに行っていたように見えましたよ?」


 セシリアの言葉を直接的に否定はしない。

 しかし代わりにクスクスと笑う彼女を見るに、こちらのごまかしを全く信じてくれていない。


(まぁ確かに、途中からはちょっと忘れていたかもしれない)


 セシリアはそう独り言ちる。


 しかしこれは『やりたくないけどやらないといけない事はせめて、効率的に片付ける』という信条を掲げたセシリアが、出ないといけない授業の中で時間の有効活用を図った結果に過ぎないのである。

 したがって、別におかしな事ではない。


 ……のだが、おそらく彼女はそれが面白かったのだろう。


「表から見る貴女はいつも『誰にでも卒なく話題を振り、配慮し上手く立ち振る舞える人』なのですよ。完璧に近いと言ってもいい。しかし本質を知ってから見ると、また違って見えるのですよ」

「それがそんなに面白かったのですか?」


 やっぱり良く分からないという顔で答えると、彼女はすぐに「えぇ」と答える。


「些細な言動の中からセシリアさんらしさを見つける事は、貴女を良く知る者の特権であり密かな楽しみなのですよ」


 マイブームです。

 そう言って、彼女は清楚に笑って見せる。


 テレーサ・テンドレード。

 侯爵家の人間として生を受け、第二王子の妃最有力候補として名前が挙がっている彼女である。

 笑顔も所作も美しさにも最近ますます磨きがかかった彼女なので一層周りの目を引くが、2年前のような人形らしい空虚感はなりを潜めてもう久しい。


 そんな彼女の軽くウェーブのかかった金髪が、歩みに合わせてふわりと靡く。

 その躍動感が彼女の自意識の自由を垣間見せているように見えて、生き生きとした彼女の横顔にセシリアはほんの少し眩しそうに目を細めた。


『学校が楽しいのですね」

「そう見えますか?」

「えぇ、入学以降は特に楽しそうに見えます」


 彼女の疑問にそんな風に答えると、彼女は少し間を開けた後「そうかもしれませんね」と言って苦笑する。


「家や社交場と比べると、比較的『侯爵令嬢らしさ』を求められたりしませんから」


 その声色、表情から、それが心からの言葉だという事はすぐに理解する事が出来た。

 しかしだからこそ「私とは正反対ね」と、ひっそり一人で独り言ちる。



 彼女が言う「『らしさ』を求められない」というのは、おそらくここが貴族だけの学び舎ではないからだろう。


 もちろん同じクラスには貴族しか在籍していない。

 が、他クラスも含めれば、平民の方が比率が高い。


 スカートの裾を翻して廊下を走る女の子たちや、どこからか聞こえる楽し気で大きな声。

 それらはどれも貴族社会には「はしたない」とされる振る舞いだが、それは彼らのルールではない。

 だからと言ってもちろん実際に貴族であるテレーサが真似する事はできないだろうが、それでも感じられる解放感と気軽さが彼女にそう言わせたのだろう。

 


 その気持ちは、セシリアにも一部理解できる。


 確かに社交場と比べれば、気軽さはあるだろうとセシリアも思っている。

 しかし。


(それも『家』と比べてしまうとやはり、窮屈で退屈だ)


 セシリアにはどうしても、そんな風に思えてしまう。



 結局これは、対比するものの問題だ。

 今現在同じ状況に居たとしても、比較している『家』の環境が違うのだから食い違うのは当たり前だ。

 

「セシリアさんは、やはりまだ学校生活は慣れませんか?」

「そうですね。私の場合はどうしても周りの目を気にしてしまって」


 この言葉は、決して嘘などではない。

 しかし同時に全てでもない。

 

(はぁー……自分のやりたい事だけが出来る、そんな領地での生活が恋しい)


 心の中でそう思う。



 セシリアの生家、オルトガン伯爵家はいい意味で放任主義だ。

 基本的に『貴族の義務』をきちんとこなし身体的・精神的な危険が無い範囲でならば、何をしたところで早々怒られるような事は無い。


 それ故に、本当ならば貴族が立つべきではないキッチンに立ち自分が作ったお菓子レシピを自ら実験する姉・マリーシアの行いを咎める事もない。

 兄であるキリルが執務見習の合間に書庫にある他国の伝記を読み漁っても、食事と睡眠をちゃんと摂っている内は誰も口を挟まないし、セシリアがちょっと変わった実験をしても止められる事は無い。


 領地では、やりたい事をやっていた。

 そういう自由があり、実際にあふれる知識欲求を満たす為に時間を使っていた。


 それが、学校ではできない。

 授業に時間は取られるし、周りの目を気にする必要があるため空き時間に大きな実験をすることもできない。


 



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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816700428159297487/episodes/16816700428411609876


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