第12話 たかが授業、されど授業。一石二鳥は見逃さない。 ★
「このチーズのフルーティーな甘さ、もしかすると製法に工夫があるのかもしれません。私の姉がお菓子のレシピ作りをちょっとした趣味にしているので、もしかしたらこのチーズも使いたがるかもしれませんわ」
「本当ですかっ?!」
セシリアが告げた言葉に、ローナは素直に乗ってくれた。
その様に密かにほくそ笑みながら、セシリアは笑顔で頷いてみせる。
しかし彼女が食いついたのも、ある意味「当たり前だ」と言っていい。
というのも、セシリアの姉・マリーシアがお菓子のレシピ作りを趣味にしている事は今や、社交界では誰も知っている事なのだ。
「新しく美味しいレシピを数々考案し自身のお茶会でお披露目しているマリーシア様に、領地の名産品が使っていただけるなんて。なんて羨ましい……」
ローナの隣に座っていた令嬢が、心底羨ましそうにそう言う。
その年の流行を生んだりするマリーシアの趣味は、やはり社交に不慣れな若い世代にとっても知名度が高い内容のようだ。
「勿論お約束は出来ませんが、お姉様には『食材はなるべく地方の名産品を』というこだわりがあるらしいのです。中でも作られた経緯や苦労話などを聞いて経緯や共感を抱いた食材に関しては採用率が高いので、そういったお話がもしあればお聞かせていただきたい所です。もし名産品が採用された場合には、当家のお茶会にもお呼びできますし」
初お披露目の時には必ず、その領地の子女を呼ぶ。
そうして新たなお菓子の流行を作り、オルトガン伯爵家の名声を上げる事。
産地である領地の宣伝をする場に当事者を呼ぶ事で、該当領地の名を上げ恩を売る事。
そして、該当領地が潤う事でその品の量産を間接的に手助けし、自領への輸入を他領よりもほんの少し融通してもらう事。
そうして相手と自領のWIN WINの関係を築く事と、自らの趣味を兼ねる事。
これがマリーシアにとっての一石二鳥、つまり「効率的な物事の動かし方」という訳だった。
ただしそんな事は口に出さず、朗らかな顔を作って「そうすればローナさんとも、もっと仲良くなれますしね」と言ってやれば、ローナは「はいっ!」と声を弾ませた。
嬉しそうだし、好感触だ。
きっとこの後色々と調べてまた教えてくれる事だろう。
となればセシリアも、姉の美味しいお菓子が食べられることに加え自分の知識欲が満たされる。
自分にとっても一石二鳥、もう何も言う事は無い。
ただそのワクワク感はひた隠しにして、セシリアはあくまでも外面を装った。
するとテレーサが微笑みつつこう告げる。
「あらまぁそれならば、私もセシリア様に名産をご紹介しようかしら」
「それはとても楽しみです」
そんなやり取りをして、また誰かが「そういえば」と話を回す。
そしてちょうど3つ目の話題が終わったタイミングで「――はい、そこまで」という静止の声が掛けられた。
そう、これは授業である。
実習時間の45分が経過したのだ。
彼女たちが囲っていた円卓の外、後ろに立っているのは『作法』の教師・コルネッティー侯爵夫人だ。
「皆さん、初めての実習にしては合格点をあげられるでしょう」
彼女はまずそう言うと、一人一人のテーブルマナーについて評価を下した。
個人の手癖や所作について、「こうすればより良くなる」というアドバイスをかけてくれる。
それが終われば、最後に総評として『話題選び』についても触れた。
「今回の話題、特にお菓子の話から派生した領地の名産品に関しての会話に至っては、一年生とは思えないくらい高度なものでした。しかし実際に成人して以降のお茶会では、日常会話のように為される話でもあります」
そんな夫人の言葉にセシリアは「その通りだ」と一人頷く。
大人になれば基本的に、領主業は男の仕事。
対して女性間のコミュニティーを形成するのは女の仕事になる事が多い。
もちろんその両者には領分の重なる部分があるため明確に分けられる分担ではないが、実務的な部分を担えない女性の婚姻後の価値がどこで決まるかというと、「周りといかに良好な関係性を築くか」という事と、「いかに旦那様の助けになるような情報を聞き出すか」という事。
この2つになるだろう。
先に夫人が上げた話題は、その両者を補填するものだった。
「社交界では、巷の流行や新しいものへの興味からどのように話が飛び火するか分かりません。機会を逃さない為にも、常に情報へのアンテナを張っておく必要があるのです」
これはおそらく、ケーキ職人の生まれを知らなかったセシリアとテレーサ以外の全員へと投げかけられたものだろう。
実際に、食べ物の材料や作り方については職人の故郷や修行した先に準拠する事が多い。
「流石に全ての流行についてそのルーツを調べつくすのは大変ですが、ちょっと調べてもし自分の領地に関わる余地があるのなら、もう少し詳しく調べて頭に入れる。それが出来ているだけで、社交場では武器になるのだという事を覚えておいて損は無いでしょう」
彼女はそんな言葉でこの場を締めくくった。
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当該話数の裏話を更新しました。
https://kakuyomu.jp/works/16816700428159297487/episodes/16816700428241063577
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