第22話 一人目は、ちょっと真面目でなし崩し的な情報通 ★



 場所は寮、セシリアの部屋。


 サンルームの如く南側一面が綺麗に窓になっているその部屋には、ちょうど5人掛けの大きな円卓と椅子が揃えられていた。



 時刻はもう放課後だが、今日の授業は5現までだったので時刻は現在15時半過ぎ。

 まだ日は高く空は澄んだ青色で、中庭の緑も瑞々しい。



 そんな部屋への最初の来訪者は、赤い髪にオレンジの瞳をした少年だった。


「ようこそ、クラウン様」


 笑顔でそう応じれば、彼、クラウン・モンテガーノは「あぁ」と言いつつ軽く室内を見回した。

 そしてちょっと不安な顔で「もしかしてちょっと早く着過ぎたか?」と小さく呟く。


「いいえ。準備は既にメリアとゼルゼンが完璧に済ませてくれていますから大丈夫ですよ」


 何やら自分の一番乗りを気にしている様子の彼にセシリアがそう応じれば、彼の表情が少しホッとしたようなものへと解れる。



 出迎えた時からいつもよりちょっと固い表情をしているだったが、一体何をそんなに緊張していたのだろう。

 そう思えば、彼は自然とその答えをセシリアにくれた。


「今日は特に『待たせちゃいけない相手』が来るだろう。だから早く出たんだが、早く出過ぎて却って迷惑だったかもしれないと今更ながら思ってだな……」

「フフフッ、一体何言ってるんです。そんな相手、ここには一人も来ませんよ」


 自室だという事と、それから相手がクラウンという気の置けない人間だという事もあってだろう。

 セシリアはいつもより数段砕けた口調でそう言いながら、手振りで円卓への着席を促す。


「いやいや来るだろ、あの方が」

「そもそもあの方、このお茶会の事を自分で勝手に聞きつけて半ば強引に仲間に入ってきたのです。自分より遅く来た方が居たくらいで目くじらを立てるようならば、それこそ次回以降のお断りが容易に出来ますから嬉しいですが、残念ながらそんなヘマはしてくれないでしょうね」

「お前はまた……いつもながらあの方に対してだけは厳しいな」


 苦笑しつつそう言って、クラウンは連れてきていた自分の執事に椅子を引いてもらい、席に着いた。


 おそらく、ゼルゼンが沸騰させたお湯をティーポットに注いでいるのだろう。

 コポコポという小さな音を聞きながら、セシリアは彼の言葉に「あら」とちょっとおどけてみせる。

 

「私は別に、あの方だけを選んでそうしている訳ではありませんよ? 立場や人には関係なく、私はわりと嫌いな相手には容赦しません」

「あぁそうだった」

 

 そう答えてクツクツと笑う彼は、少し懐かしそうな顔をしていた。


 おそらく2年前の一件を思い出しでもしたのだろう。

 まぁ自分の体験談を思い出したのか、それとも二人して『あの方』なんて呼んでいる彼が被ったアレやコレやの事を思い出したのか。

 はたまたその両方なのかは分からないが。


 と、しかしここで彼はまた表情を変える。


「そういえば聞いたぞ? 今日の昼間、食堂で『また』やったらしいじゃないか」

「『また』って何ですか、人聞きの悪い……」


 ちょっと呆れた声でそう言ったクラウンに対し、セシリアは「存外耳の早い事だ」と内心思う。



 曲がりなりにも今日の昼休みの事、時間にして4時間ほど前の事である。


 もしかしたら貴族用の飲食エリアにも騒動が一部聞こえていたかもしれないが、あの騒動がひと段落着いた後で彼が食堂に入ってきたのをセシリアは見ている。

 彼が実際にアレを見た筈はない。


 噂の広がり具合がちょっと気になったので、素直に「そんなに噂になっていましたか?」と聞いてみる。

 すると彼は苦笑しながらこう言った。


「貴族関係者のいざこざは、どうしても耳に入ってくる。これでも一応、侯爵家の次男、かつ『革新派』重鎮の家の息子だから、ゴマを擦りたい人間が聞いてもいないのにピーチクパーチクと勝手に話していくんだよ」


 その言葉に、セシリアは「あぁなるほど」と思い至る。


 

 この国を二分する政治派閥の片割れ、『革新派』。

 彼の生家・モンテガーノ侯爵家はその派閥の重鎮、つまりお偉いさんなのである。

 そうなれば、利権やら何やらを求めて人がわんさかと近づいてくる。

 

 2年前に一度派閥の人間関係で痛い目を見た彼だから、そういった人間に対して無条件で心を開き与えられた情報を鵜吞みにする事は無い。

 だけど、否、だからこそ彼らがしてくる信憑性があるかどうか疑わしい、事実を面白可笑しく改変した噂話を煩わしく思うのだろう。


「それはまた……大変そうですね」


 そう思えばセシリアは、ちょっと気の毒になってきた。

 しかしそれでも、あくまでもこれは彼の事でセシリア自身の事では無い。

 心的・外的被害を受けているのなら、友人の為に立ち上がらねばと思うものの、そうではない様子なので、どうしても他人事になってしまう。


 すると、そういったニュアンスがおそらく伝わったのだろう。

 呆れたような「お前なぁ」という声が返ってくる。


「奴らの最近のトレンドは、ほぼほぼお前関連だぞ。何でそんなに他人事なんだよ」

「いえいえ私だって当事者としての自覚はちゃんとありますよ。“『また』やった”など……と全くもって心外です」

「そこじゃないわ」


 そんな風に軽口を叩いていると、部屋の扉がノックされる。





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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816700428159297487/episodes/16816700428700232444


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